2026.09.05
最終更新日:2026.09.05

【ロン・ミュエク】人間そっくりな像を「芸術」たらしめているのは?【明日話したくなるアートの小噺/筧菜奈子】

人間そっくりな像を「芸術」たらしめているのは?

ミュエク イラスト

最近、六本木の街角で見かける無数の骸骨のポスター。その正体は、森美術館で開催中の「ロン・ミュエク」展だ。1958年メルボルン出身のミュエクは、映像や広告業界の造形制作を経て、1996年に彫刻家へ転身した。彼が作る人物像は、ひと目見たら忘れられない。皮膚の皺や毛穴、筋肉の張りから脂肪のたるみまでが驚くほど本物そっくりに再現されているのだ。ただし、そのサイズは実際の人間とは異なる。巨大な像もあれば、奇妙に縮小された像もある。美術館に足を踏み入れると『ガリヴァー旅行記』の世界に迷い込んだような錯覚に陥るだろう。

それぞれの像たちが放つのは、あまりにも人間的な剝き出しの感情だ。赤子を抱く疲れ切った母親や、自らの身体の成長に戸惑う少女。今回イラストに描いたのは、睡眠中の弛緩した作者自身の顔の像だ。通常なら他人が見せない無防備な姿を、時が止まったかのように思う存分観察できる。この窃視の快感こそが、ミュエク作品の強烈な魅力の一つだ。

とはいえ、単に人間そっくりな像であれば、蠟人形やアンドロイドにも類例がある。一体、何が彼の造形を芸術たらしめているのか。その核心は、あえて「これは虚像だ」と手の内を明かしている点にある。サイズの操作はその最たる例だ。加えて、イラストに描いた眠る自己像では、裏側を空洞にして、それが単なる仮面に過ぎないことを突きつけている。他の像も、皺の深さや筋肉の動きを誇張することで、そこに宿る感情を過剰なまでに強調している。展示の目玉である100点もの頭蓋骨の山も、実際の生々しい汚れは排除され、不自然なほど白い。このように、あくまでも本物によく似た虚像であることが明かされているからこそ、私たちは深刻になりすぎずに像を見つめ、思考する余白を持てるのだ。

ミュエクは、「表面の制作に多くの時間を費やしてはいるが、私が捉えたいのは内側に宿る生命なのだ」と語る。徹底的な表面の追求が、不思議なことに内面の揺れ動きを鮮烈に浮かび上がらせる。ぜひ会場で、彼らの表面を不躾なまでに見つめて、その奥にある魂に触れてほしい。

筧 菜奈子

東海大学教養学部芸術学科准教授。専門は現代美術史、装飾史。研究のほか、イラストやデザインなどでも幅広く活躍中。近著に『いとをかしき20世紀美術』(亜紀書房)ほか。

RECOMMENDED