「物体そのもの」を前にして、あなたは何を思う?
アメリカの美術館で、ある「物体」を前にして戸惑ったことがある。壁から規則的に突き出した、色鮮やかだが無機質な金属の箱の一群。一見すると洗練された棚のようだが、そこには一切の実用性がない。作者はドナルド・ジャッド。ミニマル・アートの旗手として知られる彼は、なぜ金属の箱を壁に並べたのか。
ジャッドが目指したのは、「物体そのもの」を見せることだった。これは絵画にはできないことだ。なぜなら、どれほどリアルに風景を描いても、その実態は絵の具にすぎないからだ。ジャッドはその虚構を嫌った。何かに擬態するのではなく、自律した物体を存在させること。彼はそれを「スペシフィック・オブジェクツ(明確な物体)」と呼んだ。
この即物的な美学のルーツは、意外にも工業空間にある。整然と並ぶコンテナや、機能性のみで成り立つ幾何学的な構造体。そんな非芸術的な風景の中に、彼は新しい時代の美を見いだした。そうして生み出された作品は、「異星からの巨大な結晶」と称されるような、異質な存在感を放つことになる。
だが、ジャッドにとっては作品の存在感だけが重要だったわけではない。彼は作品を取り囲む空間もまた、作品の一部だと考えた。作品のまわりの空気や、光の移ろいにまで意識を向けさせること。そのために、あえて素材を建材のように無機質なものにした。そうすることで、鑑賞者の意識を建築空間にまで自然と延長させたのだ。
やがて、美術館の展示室に限界を感じるようになったジャッドは、40代前半でテキサス州マーファの広大な荒野へと辿り着く。その地で、自然空間と拮抗する作品を創り、生活をともにすることで、自らの理想郷を築き上げたのだ。
現在、東京・外苑前にあるワタリウム美術館で開催されている「ジャッド|マーファ展」(~6月7日)では、唯一無二の作風を確立するまでの初期の格闘の様子から、マーファで結実した究極のビジョンまでを一望することができる。ストライプ模様の美術館に舞い降りた巨大な結晶と対峙するとき、あなたもきっと、工業的風景にひそむ、新たな美の輪郭に気づくはずだ。
東海大学教養学部芸術学科准教授。専門は現代美術史、装飾史。研究のほか、イラストやデザインなどでも幅広く活躍中。近著に『いとをかしき20世紀美術』(亜紀書房)ほか。