2026.05.06
最終更新日:2026.05.06

【ダミアン・ハースト】生を実感するために死を見つめること【明日話したくなるアートの小噺/筧菜奈子】

生を実感するために死を見つめること

ダミアン・ハースト イラスト

死を見たいと思うだろうか。多くの人は、できることなら目を背け平穏の中にいたいと願うだろう。この普遍的な忌避感を挑発的に、そしてエレガントに扱う男が、現代美術界の異端児ダミアン・ハーストだ。ホルマリンに浮かぶサメや牛、数千匹のハエの死骸で埋め尽くされた絵画。彼の作品の前に立つとき、私たちは死という存在を否応なく見つめざるをえない。

ハーストの創作の源泉は、7歳の頃から抱き続けてきた強烈な死への恐怖にある。その正体を解き明かすべく、10代の頃から医学部の解剖室に通い詰め、冷蔵庫から取り出された遺体を「ダ・ヴィンチのような気分で」デッサンしていたという。かつてレオナルド・ダ・ヴィンチが遺体を解剖したのは、生きた人間をより生気に満ちた存在として描くためだったが、ハーストは死をただ死んでいるものとして目の前に提示する。不幸があるから幸福があり、不快があるから快があるように、死を見つめることが、生を実感する唯一の方法なのだ。

だが、彼の真の目的は死に打ち勝つことにある。ホルマリンによる死体の保存を選んだのも、「死んだ状態で誰よりも長く生きる」という、死への最大の抵抗を試みるためだった。さらに象徴的な作品は、18世紀の男性の頭蓋骨をプラチナで模り、8601個のダイヤモンドで覆い尽くしたものだ。骸骨は眩い煌めきをまとうことで、死を超越した輝かしい存在へと変貌した。約120億円で売買されたこの「最も稼いだ死者」を、ハーストは「最も生きている」作品だと語る。彼は美と富によって、死を鮮やかに覆したのだ。

ハーストの功績は作品制作にとどまらない。レコードのリリースや、レストラン経営、オークションの自主開催など、既存の美術の枠組みを次々と刷新した。90年代にハーストを中心に、停滞していた英国美術界を再生させた若手作家たちは「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」と呼ばれ、今や世界的な存在となっている。現在、国立新美術館では「YBA&BEYOND」が開催中(〜5月11日)だ。かつて英国を熱狂させた、あの不遜で美しいエネルギーを再び体感できるだろう。

筧 菜奈子

東海大学教養学部芸術学科准教授。専門は現代美術史、装飾史。研究のほか、イラストやデザインなどでも幅広く活躍中。近著に『いとをかしき20世紀美術』(亜紀書房)ほか。

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