世界に通用する高精度で高品質な腕時計を作り出す。その信念から1960年にデビューした「グランドセイコー」。そこから時を重ね、現在では誰もが認める世界的高級ブランドになっている。そこで今回は、時計の本場スイス・ジュネーブで開催された時計イベント「ウォッチズ アンド ワンダーズ」と、デザインの聖地イタリア・ミラノの「ミラノデザインウィーク」の現地取材を通じて、グランドセイコーの存在感と世界からの評価をレポートしていこう。
ミラノはデザイン文化の発信地
ファッションの街として知られるイタリアのミラノだが、インテリアデザインの世界的中心都市でもある。もともとミラノ近郊のブリアンツァ地域では家具の生産が盛んであり、またミラノ工科大学やドムス・アカデミーなどの優れたデザインの教育機関があり、さらには『ドムス』や『インテルニ』といった世界的インテリアデザイン誌の活動拠点もミラノである。世界中から多くの人材がミラノに集まり、学び、世界へと広がっていく。「インテリアデザインの街=ミラノ」という切り離せない関係にあるのだ。
その名声を確立したのは、1961年に始まった「ミラノサローネ国際家具見本市」からだろう。世界中の家具ブランドが一堂に会し、巨大な展示場で開催される世界最大のインテリアの祭典は、愛好家には有名だ。しかし近年、それに勝るとも劣らない盛り上がりをみせているのが、同時期に市内で行われるデザイン展「フオーリサローネ」。“サローネの外”という意味があり、家具ブランドだけでなく、ファッションメゾンや自動車や家電のプロダクトメーカー、地方自治体などが参加し、ミラノ市内のブティックやギャラリー、美術館や貴族の邸宅などあらゆる場所が展示会場になる。そして夜になれば、パーティーで盛り上がる巨大なイベントだ。そして現在は「ミラノサローネ国際家具見本市」と「フオーリサローネ」をまとめて「ミラノデザインウィーク」と呼ばれており、その来場者は約30万人にもなるという。
街中の至る場所がミラノデザインウィークの会場であり、ほとんどの展示イベントは入場無料なので、ミラノの街を散策しながら、インテリアデザインの祭典を楽しむ。
グランドセイコーの魅力を伝えるインスタレーション
グランドセイコーもまた、ミラノデザインウィークに参加するブランドのひとつ。始まりは2018年で、日本の美意識とグランドセイコーの世界観をインスタレーションで表現してきた。
特徴的なのは、時計の技術面をアピールするのではなく、流れる時の移ろいやダイヤルの表現など、感性的な魅力を表現していること。なぜならこの地は“デザインの首都”。クリエイティブな感性を大切にしている人たちに、高級時計の魅力を知ってもらうためには、まずは美しさこそが第一義であり、その背景に卓越した匠の技や最先端の技術があることを知ってもらう必要があるのだ。
近年のグランドセイコーは、高感度なショップが多く立ち並ぶブレラ地区を会場にし、インスタレーションを行っている。今年は、地区の中心部にあるギャラリー「ガレリア・ダルテ・モデルナ・イル・カステッロ」を会場に、ブランドの哲学「THE NATURE OF TIME」をテーマにグランドセイコーのダイヤルに焦点を当て、アーティストの進藤篤、和紙作家の川原隆邦、CGディレクターの阿部伸吾という3名を起用したインスタレーションを行った。
輝きで移ろう時の流れを表現する
会場の入り口正面に展示されているのは、メインのインスタレーションである、デザイナー/アーティストの進藤篤による「PULSE OF TIME」。
「日本における時間というのは、わかりやすく区切られた時間ではなく移ろいの中にあって、人々の暮らしに時間の変化が密接に結びついています。また、時間軸がひとつではないことも、日本的だと思います。例えば西洋画の場合、影が時間帯を写実的に描きます。しかし日本画の場合、そもそも影が存在しない。つまり絵の中に現れる時間帯が曖昧だったりする。そういった“無時間的な時間”を日本の美術では表現しようとしている。今回の作品『PULSE OF TIME』は、時間というはっきりと捉えにくい感覚を、どうやって空間体験へと拡張するかが発想の原点です。グランドセイコーの時計は機構や多様な光の煌めきも含めて、小さな宇宙のように感じました。特にダイヤルの多層的な美しさや奥行き感、どこまでも繋がっていくような感覚を、インスタレーションで表現してみました」と進藤は語る。
植物由来の酢酸セルロース樹脂を3Dプリンターで出力してつくった細く波打つ線状の素材を何層にも重ね、そのサイドで光源は左右と上下に動きながら、さらに光の角度も変化。光が当たってキラリと輝く様子は常に一定ではなく、移ろい続ける時間を感覚的にとらえているのだ。
人々の琴線に触れるクラフツマンシップ
続いて進むと、富山県東部の蛭谷(びるだん)地区で製作される蛭谷和紙の作家、川原隆邦による作品が現れる。蛭谷和紙には400年の歴史があり「越中和紙」のひとつとして国に認定される伝統工芸品だが、その技術を継承するのは川原だけ。それは伝統工芸においては極めて危機的状況なのだが、川原はそれを逆に利用している。
「師匠から技術を学び、伝統を復興するところから始めました。どういう道具が必要なのか、どういう理論で作るのかを考え、材料となる楮(こうぞ)やトロロアオイを自分で育てる。僕ひとりだけでこの伝統工芸を継承しているので、いい意味で背負っているものがない。だから表現の自由度を高くできるのです」。
例えば建築の内装材にすることや、ガラスと組み合わせてファサードを演出するなど、和紙という既成概念を超えて自由な表現を探求する。それは和紙という伝統工芸に、新しい光を当てる行為でもある。その実験的姿勢は、今回のインスタレーションにも表れている。
「今回は『うつろい』と『aurora』という二つの作品を作りました。グランドセイコーのシンプルでありながら洗練された表現にインスピレーションを得ています。実際にダイヤル製造の工程を見せてもらいましたが、何層にも重なるレイヤー構造による複雑な表現が印象的でした。そこで私も、和紙でレイヤー構造を表現するということを思いついたんです。色の入れ方や立体感を表現するために、パーツ化した和紙を重ね、原料の流し込み方を変えるなど、これまでの技術を自分の解釈で進化させることで、1枚の和紙の中にレイヤーを重ねています」
ミラノデザインウィークではグランドセイコーと共に、“日本代表”という意識を持っているという川原。言葉や文化の壁があっても、圧倒的な手仕事が生み出す工芸品の美しさは、人の心を動かすことができるのだ。
普遍的な美に寄り添う、心地よい余白を映像で
そして川原による作品を進んだ先には、グランドセイコーとそのブランドフィロソフィーである「THE NATURE OF TIME」を表現した映像作家の阿部伸吾の作品「story」が。
「変化し続ける空の色や移ろう季節、長い年月をかけて生まれる風景、それらを眺めるときに始まりも終わりもない大きなうねりの中に、自分もいるのだと感じます。一言で言えばその大きなうねりは自然そのものであり、それを言い換えたものが時間なのかと思います。日本らしい時間の考え方には、自然を感じ、敬う精神があるのではと考えます」と阿部。
日常のなかにある自然の大きなうねりの中で、時間にふと思いを馳せる……。グランドセイコーの時計をそのための装置として捉え、自然の風景が現れては消える感覚を、「story」という映像作品にしたという。
「グランドセイコーのダイヤルが見せてくれる風景には心地よい余白があり、個々に見る人によってその感じ方が違う。今回作品を作る上でも、断定的なイメージにあまりに寄りすぎないよう、飽くまで普遍的な、だけどどこか記憶の断片にあるような、そんな風景を意識しました」
グランドセイコーのダイヤルは、日本の風土や自然からインスピレーションを得ているが、どれもが曖昧かつ抽象的に表現することで、見る人に想像の余地を与えてくれる。そういった感性が、ミラノデザインウィークに集まる感度の高い人々の美の琴線に触れるのだ。
ミラノデザインウィークはデザインを語り、クリエイティビティを表現する場所。だからグランドセイコーは、時計の技術よりも感性に訴えかけるのだ。会場には時計も展示されるが、そのどれもが美しいダイヤルを特徴にもつ。例えば「SBGA443」の花筏ダイヤル(写真下)は、散った桜の花びらが、水面を覆いつくしている様子を表現したもの。その日本らしい表現は、インスタレーションと同様に来場者の心に響く。
世界的なラグジュアリーウォッチブランドであるグランドセイコーは、時計の感性的魅力を表現することで、ミラノの地でも存在感を示していた。会場前に列をなす人々がその証明となる。