撮影続きでぐったりしていた週末に、鞄を見るために宿へ行った。広島・宮島口のホテル「HOTEL FORK & KNIFE Miyajima」で、吉田カバンのブランド「L.L.」の特別展が、10月3日に始まったのだ。
吉田カバンといえば、PORTERのナイロンバッグを思い浮かべる人が多いだろう。だが同じ吉田カバンに、まったく別のものづくりをするレーベルがある。1984年生まれの「L.L.(エルエル)」だ。特別展のテーマは柿渋、藍、竹。どれも昔から日本で使われてきた素材だ。展示は期間ごとに入れ替わり、私が訪ねたのは初日の柿渋だった。
初日にはトークイベントも開かれた。登壇したのは、吉田カバンでブランドディレクターを務める松原賢一郎さんと、広島発のセレクトショップ「ref.」代表の中本健吾さん。40年以上の歴史を持つL.L.は、なぜ今、柿渋・藍・竹なのか。松原さんはこう語っていた。
「売れなくていいので、よそがやっていないことを」
鞄を見に、宮島口のホテルへ
広島出身なので、宮島には何度も行ったことがある。でも電車で向かうのははじめてだった。品川から新幹線に乗り、約4時間。広島駅からはJRで宮島口まで約25分。宮島口からは、ホテルの送迎バスで3分ほどだ。
宮島が最近、外国人観光客に注目されていることは知っていた。宮島口では、星野リゾートの「界 宮島」が2026年夏に開業したばかり、2028年にはヒルトンの「Umiuta Hiroshima, LXR Hotels & Resorts」のオープンも控えている。そんなエリアに、こんな素敵なホテルもできていたとは知らず驚いた。
ショップを率いるのは、広島発のセレクトショップ「ref.」代表の中本さん。L.L.の展示会場は、ホテル内のセレクトショップ「ref. Miyajima」だ。会期は12月27日まで。ライブラリー「THE STUDY Hiroshima 1958」には、1958年に映画『ヒロシマ・モナムール』の撮影で広島を訪れた女優、エマニュエル・リヴァの写真集が並ぶ。ホテルにいながら、街の歴史や文化に触れられるのも面白い。
泊まった部屋は「宵月」。ツインベッド、広さは50㎡。鳥小屋のような東京の自宅に比べれば、なんとも贅沢なゆったりとした空間…! 入ったとたんに、気持ちが落ち着いた。障子のある部屋って、やっぱりいいものだ。
柿渋で染める。だから、同じ鞄はふたつとない
最初の展示「OLDNEW」(10月3日〜29日)は、柿渋で染めた鞄のシリーズだった。柿渋は、渋柿を発酵させてつくる染料だ。昔から日本で使われてきた素材を、ナイロン地に用いている。
染めるのは、職人ひとり。ビニールハウスの中で、染めて、太陽の下で干し、また染める。これをひとつずつ繰り返す。冬は日が短く、夏と同じようには染まらない。翌日が雨なら一日がだめになる。乾かすときのシワが模様になるので、同じ色は一つとない。松原さんによれば、この職人は今回の鞄をつくって、はじめて腱鞘炎になったという。それほど手間のかかる仕事。商品が手に入るのは年に一度だけだ。
素材はあえてナイロン。個人の作家と同じやり方では、吉田カバンがやる意味がないと松原さんは語る。柿渋のあとに木酢酸鉄液に浸すとグレーに変わり、硬くなった生地は柔らかさを取り戻す。職人によれば、日光に当たるほど色が深まるという。買ったときが完成ではない。使いながら変わっていくところまでが、この鞄だ。
「売れなくていい」。その言葉から始まったものづくり
トークイベントには約100人が来場した。吉田カバンの広報担当者も、その反響に驚いたという。
1984年にスタートしたL.L.。しかし、90年代以降、PORTERの成長とともに存在感は次第に薄れていった。そこで舵を切ったのが、「売れなくてもいいから、ほかがやっていないことを」という発想だ。目を向けたのは、地方に根づく職人の技と、受け継がれてきた日本の文化。効率や売れ行きだけでは測れないものづくりへと、ブランドの進む道を変えた。
プライベートでも松原さんと親交の深い中本さんは、この方針転換を「やっと気づいてくれた!」と歓迎した。人の手をかけることを惜しまずにつくったものだけが、やがてヴィンテージになる。ストーリーを語れない商品は売りたくない。そこには、ものづくりへの確かな信念がある。
職人の高齢化や後継者不足が進むなか、メーカーにできるのは、仕事を絶やさず出し続けることだ。柿渋染めの職人も、師匠を亡くし、受け継いだ技術を続けられるかどうかの瀬戸際にいた。松原さんはこう話す。
「たとえつくれる数が限られていても、僕たちがリスクを負って仕事をお願いし続ける。それが職人さんの収入になり、技術を残すことにもつながります」
見積もりや工賃についても、できる限り職人が提示した金額を受け入れる。ものづくりの背景にある仕事まで、きちんと支えるということだ。
旅先だから、出会えるものがある
なぜ、展示の場所がホテルなのか。ホテルは34室。二人で泊まれば、毎日約68人の新しい客が訪れる。旅先では、普段なら手に取らないものにも、つい目が留まる。中本さんが期待するのは、そんな偶然の出会い。通常の売り場ではなかなか伝える機会のない、鞄の背景まで知ってもらえるという。
柿渋のあとは、藍と竹
展示は期間ごとに入れ替わり、販売もそれぞれの会期中だけだ。柿渋の「OLDNEW」は10月29日で終わり、10月31日からは藍、11月27日からは竹が登場する。
TRUE BLUE|藍(10月31日〜11月25日)
藍は、人類最古の染料のひとつとされる。展示では、TRUE BLUEの色の深みと、使い込むほどに変わる風合いを通して、素材と時間の関係を伝える。「土に還る」をコンセプトにしたシリーズだ。使い終えたら、自分ひとりの思い出として土に埋めてもいい。金属を使わない仕様で、染めは江戸時代から伝わる100%天然藍の発酵建てだ。シリーズは2024年9月の発売。麻糸、植物タンニンでなめした牛革、鹿のツノ、藍と、素材はすべて自然由来で、留め具のトグルには、毎年自然に落ちるエゾシカの角を使う。染め師が一つずつ手作業で染め、数回の染めと干しを重ねて、透明感のある深いブルーに仕上げる。
FILAMENT|竹(11月27日〜12月27日)
ホテルの裏手に広がる竹林も、今回の展示に通じる風景のひとつだ。竹を暮らしに生かすことは、手つかずの竹林や山の管理という課題にも目を向けることにつながる。松原さんは竹を「宇宙から来た植物とも言われる」と紹介する。シリーズ名は、エジソンが白熱電球のフィラメントに日本の竹を使ったという逸話に由来。2025年9月に発売されたこのシリーズは、ハンドルに焼きを入れた竹を使い、綿花由来の帆布と組み合わせたバッグだ。
宿で食べて、眠る
トークイベントが終わったあとは、1Fのレストランで夕食。ここでしか食べられない「ローカルガストロノミー」がコンセプト。魚から肉、野菜まで、広島生まれの旬の食材を、目の前の薪火で焼いてくれる。最初はボリュームに驚いたが、素材の味が立っていて、どれもやさしい。疲労困憊していた体にじわじわと沁みて、結局デザートまできっちり完食。
朝のサウナと、土鍋のごはん
翌朝は、早朝から最上階の温泉へ。宮島・厳島を望む温浴施設で、宮浜温泉から運ばれる天然温泉の内湯と露天風呂、サウナを備える。水着を着て入る男女混浴のスタイルで、レンタル水着も借りられる。朝の利用は6時から10時まで。瀬戸内の穏やかな景色を眺めながら、外気浴で心身をととのえる。
サウナのあとは、朝ごはん。どこへ行っても旅先の朝ごはんが、なによりも楽しみだ。この宿の朝食には、その都度精米した米を土鍋で炊いたご飯が付く。米は「藤本農園の特選米」。こんなに食べきれない! と思っていたのに、炊きたての白米があまりにもおいしくて、朝ごはんもきれいに完食してしまった。
鞄を見に来たはずが、宿の朝ごはんまで旅の記憶になっていた。そんな寄り道も、旅のうちだ。
柿渋の展示は終わったが、特別展は12月27日まで続く。10月31日からは藍、11月27日からは竹。鞄の販売は各会期中のみ。その時、その場所を訪れた人だけが手にできるものがある。
松原さんの言葉を思い出す。
「旅の記憶とか思い出って、なかなか忘れない。旅に鞄はつきもの」
L.L. Exhibition — 安芸の宮島、宿と鞄
会期:2026年10月3日(土)〜12月27日(日)
柿渋「OLDNEW」10月3日〜10月29日 ※終了
藍染「TRUE BLUE」10月31日〜11月25日
竹「FILAMENT」11月27日〜12月27日
会場:ref. Miyajima(HOTEL FORK & KNIFE Miyajima 内)
住所:広島県廿日市市宮島口3-3-15
営業時間:15:00〜23:00
販売:各シリーズの展示期間中のみ
アクセス:広島駅からJRで宮島口駅まで約25分。JR宮島口駅から徒歩約8分。宮島口からホテルの送迎バスで約3分