確かな演技と存在感で硬軟さまざまな作品に出演する井浦新さん。最新出演作となる『トロフィー』の話題を皮切りに、お芝居に対する思いを聞いた。
こういうお父さんいるよな
――本作は、在日コリアンのルーツを持つ少女・ソヒの物語です。井浦さんは、ソヒの父親であり、朝鮮学校の校長を務めるサンジュを演じています。最初にお話をもらったとき、どういうことを考えました?
井浦 シンプルなマインドで挑んでいきたいなと思いました。もちろん、サンジュの生まれや育ってきた環境を考えるといろいろなものを抱えて生きてきた人物ではあるだろうけれど、だからといって彼と同じものを家族が背負っているわけではないと思うんです。なので、ソヒと同じ世代の若者たちが見たときに、「ああ、こういうお父さんいるよな」と思われるような、それこそ国とか文化は関係なく、誰もが身近に感じられるような父親像を目指そうと考えました。
――在日コリアンを描いた作品でいうと、家父長的な父親が登場することが多かったように思いますが、新さんのサンジュは本当によくいる普通のお父さんという感じでした。
井浦 監督の孫 明雅さんとも話したんですけど、監督の世代は、僕らが韓国映画などで観てきたような、お父さんがその家では絶対的な権力者である、という感じはだいぶなくなってきているそうです。僕たちがかつてのイメージのまま勝手にそう思っているだけで、実際は変わっているんですよね。時代は変わって新しい文化や習慣が生まれてきているということをこの作品を通して知ることができたのはよかったです。
――スタッフやキャストとのやり取りで思い出に残っていることはありますか?
井浦 たくさんあります。まずこの座組です。孫監督は、僕がデビューした映画『ワンダフルライフ』(1999年)の是枝裕和監督のお弟子さんなんです。手紙をくださったりとか、是枝監督を思わせる細やかな心遣いがあって、そのつながりを感じられたのはうれしかったです。撮影監督の山崎裕さんも『ワンダフルライフ』のときにご一緒にして、その後も要所要所でお会いして、そのたびに背筋が伸びるというか、今の自分をちゃんとこの人の前で見せないといけない、という気持ちになります。言ってみればデビューから撮り続けてくれている方なので、今回もまたこうしてご一緒できたのは大きな喜びでした。
それぞれの今をぶつけ合っていく時間はとても面白かった
――デビュー作からのつながりというのはすごいことですね。
井浦 僕は19歳くらいからモデルの仕事を始めたんですけど、今回夫婦役を演じた市川実和子さんは当時からすでにトップモデルで、その姿をずっと眩しく見ていました。そのうちモデルの仕事でご一緒するようになって、お互い俳優になってからは初舞台で共演した以外に、映像作品で一緒になったことはなかったんです。そういう相手とこうやって時を経て、しかも夫婦役をするというのはとても感慨深いです。初めましてで夫婦役をやるのではなく、若いときからお互いを知っている美和子さんだから一緒にできる夫婦像ってあるなと思いました。だから、今回の座組が僕としてはすごくうれしかったし、実際そういった関係性の深い人たちと過ごす撮影期間はやっぱり何かが生まれますし、いい意味での緊張感もありました。それぞれの今をぶつけ合っていく時間はとても面白かったです。
――印象に残っているシーンは?
井浦 そうですね。ソヒが「売るものない?」と家の中を探しているとき、サンジュも一緒になって探しているシーンがあるんですけど、そのときの距離感がいいんですよね。娘からあんなにうざったがられているのに、ちゃんと探してあげていて、見つかったときは一緒になって喜んでいる。あの場面は「この家族いいなあ」と思えたし、本当に何でもない家族4人の何てことはない日常を描いていて、僕はすごく好きです。何でもない家族を、ちゃんと何でもなく見せることって難しいんです。力を入れちゃうとそれが見えちゃうし、抜いたら成立しない。個人プレーだけでもダメで、家族4人のフォーメーションが大切になってくるので、いい形でできて楽しかったです。とても印象に残っています。
自分の中での文化人類学がお芝居を通して表れていく
――俳優の道に進んでから30年近く経ちます。今、井浦さんにとってお芝居とはどういうものになっていますか?
井浦 求められる芝居というのは、やっぱりみんな同じじゃなくて、監督の数だけ異なります。だから、毎回違うものではあるんですけど、自分はお芝居の前に、人間をどうつくるかのほうが大事だなと思っています。人間を想像して、そこに心を乗せて、ちゃんと演じる。自分の心と体を通して表現されたものがお芝居になっていくので、あらかじめプランを考えても、本番中にそれは全部壊します。
――壊すんですか?!
井浦 結局、共演する人との関係性とか距離感とか、監督がそのシーンに求めるものとか、現場でいろいろと変わってくるので、予定通りってことはほぼないんです。予定通りにいったら80点は取れるのかもしれないけど、そればかりだと飽きてしまうし、100を超えていこうと思ったら楽しいだけでは済まなくなってくる。なので、今の自分の年齢とキャリアでは、お芝居が楽しいとはまだ簡単には言えなくて。もしかしたら80歳と90歳まで続けて、ある種の境地に達することができたら楽しいと言えるようになるのかもしれません。でも、それも未来の話だから、わからないです。
――そうなんですね。
井浦 先輩方を見ているかぎり、続ければ続けるほど難しいと言っている人たちがいっぱいいるなというのは感じています。僕自身、まだまだ足りない、まだまだやりきれてないことのほうが多いし、毎回カットがかかるたびに反省しかない。でも、そうやって生む苦しみがあることが最終的に楽しいにつながっていくんだろうなと考えています。そもそも僕はお芝居に興味がない、わからないところから、この俳優という世界に入ってきています。だから、人間を見つめることに興味があるし、人間をつくっていくことのほうがお芝居をするうえで大事になってくると思うんです。日々の暮らしだったり、出会いだったり、学んできたことや好きなこと、そういったものが何ひとつ無駄にならないで、お芝居に表れる。自分の中での文化人類学がお芝居を通して表れていくという感じでしょうか。そうやって人間を表現していくことが自分なりの人間賛歌でもあって、人をもっと信じてみたいということにもつながっていく。そう考えると、お芝居というのは、自分にとって祈りみたいなものと言えるのかもしれません。
1974年生まれ。東京都出身。98年、是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』で初主演を飾る。以降、数多くの映画やドラマに出演。ミニシアター支援プロジェクト「ミニシアターパーク」、アパレルブランド「ELNEST CREATIVE ACTIVITY」ディレクター、サステナブル・コスメブランド「Kruhi」ファウンダーを務めるなど、その活動は多岐にわたる。最近の主な出演作に、『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(24年)、『徒花-ADABANA-』(24年)、『岸辺露伴は動かない 懺悔室』(25年)、『こんな事があった』(25年)など。
『トロフィー』
公開中
監督・脚本:孫 明雅
出演:恒那/ちすん 笠松将/市川実和子/井浦新
配給:K2 Pictures
在日コリアンのルーツを持つ14歳の少女・ソヒ(恒那)は、朝鮮学校に通い、朝鮮舞踊に打ち込む日々を送っている。ある日、交流会で出会った日本学校の学生とK-POP好きという共通点をきっかけに仲良くなり、ソヒの日常は少しずつ外の世界と交差していく。そんな中、ふたりは推しのK-POPアイドルのライブチケット代を稼ぐために、ソヒの家にある不用品をかき集めてオークションサイトに出品することに。そこで思いがけず高値で落札されたのは、父・サンジュ(井浦 新)がかつて聴いていた一枚の北朝鮮のCDだった。それに味をしめたソヒたちは、しまわれていたサンジュが祖国・北朝鮮から授与された勲章までも売ってしまい――。
©︎2026 K2 Pictures