現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。
『ヌーヴェルヴァーグ』
ヒーローみたいなゴダールって何?
『勝手にしやがれ』の舞台裏を陽気に再現
『恋人までの距離(ディスタンス)』から始まる“ビフォア”シリーズや『6才のボクが、大人になるまで。』で知られるリチャード・リンクレイター。悪い監督とも良心的な監督とも実験的で鋭い監督とも思わない。内容はコンサバなのにコンセプトがはちゃめちゃな変わった監督。
そんなリンクレイターがゴダールを扱ったと思ったら、内容はなんと〈『勝手にしやがれ』の撮影ドキュメント〉という態のオリジナルドラマ(笑)。『勝手にしやがれ』撮影時の1959年のパリを甦らせつつシネフィルにはよく知られたエピソードを律儀に全部、テレビの視聴者に伝えるくらいの親切度で入れている。
撮っていて楽しかっただろう。ジーン・セバーグは似ている。ジャン=ポール・ベルモンドは局所的には似ている。いちばん似ていないのがゴダール。では、何がやりたかったのか。
ここで描かれるゴダールは漫画レベルの天才。気まぐれで周りの人を振り回すが、出来上がった映画は歴史的。かなりシンプルライズしている。現場の困惑は描かれず、「あの人は変わり者だけど、ついていこう」という人情話。ゴダールは超然としていて強すぎる。誰に何と言われようと心折れることはなく、ものすごくパワフル。まるで童話のよう。
リンクレイターはピュアにゴダールを尊敬し、『勝手にしやがれ』にかかわった人は全員ハッピーだったことにしたいのかもしれない。だとしたら、それはプロパガンダ。あまりに無邪気で怒る気にもならない。
問題児に対して、周りのみんなが一つになる。これは陽気で善意に満ちたプロパガンダ。かかわった人全員にゴダールへの愛があるが、ゴダール自身が屈折している以上、素朴な人を愛するようには愛せなかったはず。型破りな熱血天才クンをたくましく描いているが、ヒーローみたいなゴダールって何? ヌーヴェルヴァーグという神話の英雄譚みたい。
後々、食えない男になっていく前の、のびのびゴダールの青春篇。こうなったら『軽蔑』(1963年)篇とか延々やってほしい。リンクレイターに期待するならそこ。どこまでゴダールを善人として描けるのか。本来めんどくさい人であるゴダールから陰キャを抜き、陽キャにした“その先”を見てみたいです。(談)
『ヌーヴェルヴァーグ』
監督/リチャード・リンクレイター
出演/ギヨーム・マルベック、ゾーイ・ドゥイッチ
7月10日より新宿ピカデリーほか全国公開
ジャン=リュック・ゴダールの長編デビュー作『勝手にしやがれ』(1960年)。撮影期間を中心に、その前後までをモノクロームで再現した一作。「音楽を当てる作業シーンをオミットし、撮影場面にオリジナルのジャズを流す。さらには人物が登場するたび名前をテロップで出し、カメラ目線で歌舞かせる。この2点で虚構であることを担保しているのかも」と菊地さん。
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
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