現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。
『エレノアってグレイト。』
スマホは映るがSNSの暴力は存在しない
スカヨハ初監督作は良識派の架空人情劇
あのスカーレット・ヨハンソンが映画を監督した。北欧系?と思われがちですがニューヨーク生まれ。そしてお母さんがユダヤ系。となれば、ウディ・アレンとのかつての蜜月も納得。本作も彼女の出自に沿ったものとなっています。
親友に先立たれたおばあちゃんが、親友が体験したホロコーストの悲劇をジャーナリスト志望の女子大生に自分のことのように話してしまったことから始まる物語。彼女との年齢を超えた友情も、悪気のない噓から危うくなっていく。
近年、世界的に注目の高まるユダヤ系への偏見をかわしたいのか。良心的な映画を撮ってみたかったのか。あるいは、ウディ・アレンも老い、いろいろあって撮られなくなりつつあるニューヨーク観光映画をニューヨーカーの一人として継続したかったのか。なぜスカヨハが?の疑問にはさまざまな想定ができます。
ウディ・アレンが声高には言わないことを、アレンの皮肉や知性を抜きで描いた性善説の良質な作品ではある。マイノリティにも目を向けていて、人情話としてはよくできている。フリがあってオチがある、正統派の回収劇。主人公のおばあちゃんのユニークなキャラクターを膨らまして面白おかしくしたり、万人の涙を搾り取るド・メロドラマにしたりもしない。とにかく刺激は少ない。
あのスカヨハがこんな静かな映画を。という意外性はあるが、偽造された美談を扱いながら、SNSでのバズりや転落を描いていない。つまり、スマホはあるがSNSはない時代のよう。テレビ番組がいまだに力があるものとして展開していくので、1990年代あたりのお話かな?と錯覚するほど。さすがに現実離れしすぎです。
思うに、今、良心的な映画を撮りたい人は、世界にネットがないフリをしなければいけない。そのような意図からのネット排除映画、スマホ排除映画はもはやカテゴリーになるほどの数があります。ウディ・アレン(今のところ)最後のニューヨーク観光映画『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』もまさに、スマホの存在しない世界線のSF映画でした。
それはともかく、スカヨハは今後もニューヨークを舞台に、良心的な小品を時々撮ったりするのか。彼女の財力なら余裕で可能だと思うので見守りたいですね。(談)
『エレノアってグレイト。』
監督/スカーレット・ヨハンソン
出演/ジューン・スキッブ、エリン・ケリーマン
6月12日より新宿バルト9ほか全国順次公開
マネーメイキング女優、スカーレット・ヨハンソンの初監督長編。『ロボット・ドリームズ』でもお馴染みのコニーアイランドビーチなどNYの名所を織り込みながら、ユダヤ系ニューヨーカーの老婆の、友情と噓の物語を真っ当に描く。女子大生を同性愛者に設定するなど、女性性への留意も。主演は『テルマがゆく!93歳のやさしいリベンジ』のジェーン・スキッブ。
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
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