2026.04.20
最終更新日:2026.04.20

『落下音』|期待の新星であることは間違いないものの、真価は次回作を待つしかないのではないか【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。

『落下音』

『落下音』
©Fabian Gamper-Studio Zentral

期待の新星であるのは間違いないものの
真価は次回作を待つしかないのではないか

久しぶりに評価の難しい映画です。

長編第2作にしてカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出され、見事、審査員賞に輝いた女性監督。大変にスター性のあるブレイクで、映画界の未来を担う期待の新星と思いたくなるのもわかります。

しかし、この作品が21世紀的か? 冷静に考えて、そうは思えません。20世紀映画の精髄を勉強した純シネフィル、つまりアンチハリウッド。守備範囲は分厚く、デビッド・リンチ、ジェーン・カンピオン、テレンス・マリック、ビクトル・エリセといった巨匠、天才、鬼才を網羅しつつ、具体的な参照項は露呈しない。20世紀を総決算し、ミクスチャーする。趣味としては高級です。ただ主題歌やSEの扱いなど、音声に対して奇妙な点があるところにいくつかの斬新さはあっても全体的な斬新さは見られない。

ドイツ北部の呪われた家をめぐる100年以上の物語が、4つの時代それぞれの内省的な少女を通して描かれる。説明が少なく、時制がシャッフルされて、演出上の同一性がバラバラ…全部既視感があります。罪悪感とフェティシズム、ちょっとしたスリラー。時代を明確に区分けせず、4色アイスクリームが液状化している点や、生々しく謎のある画とリンチばりの幻聴も含んだ音で進んでいく質感とミニマリズムに特徴があるとは言える。何か迫り来るものはあるし何かよい体験をしたと思わせる強さもある。

ただ、新しくはない。シスターフッドを描いてはいるが、ジェンダーに関する新しい視点も見当たらない。とにかく明るさがないことだけは確か。とぼけたところは一切なく、とにかく誠実に雑味なく最後までいく。逆に言うと褒めるしかないし、貶しようもない。画的には見たことがあるものばかりなのに。

従来のシネフィルはオマージュを画面に顕在化しなければ気がすまなかった。彼女も絶対にシネフィルですが、誰かの影響をチラリズムで見せるような半端なことはしない。引用に阿ることがないということが現代性かもしれない。相当な一匹狼であり、かなりの異端。

この路線でいくのか、それともガラッと変わるのか。少女にこだわり続けるのか。まるで読めないからこそ、気になる。いずれにせよ、次回作で正体が明らかになるでしょう。(談)

『落下音』

監督・脚本/マーシャ・シリンスキ
出演/ハンナ・ヘクト、レア・ドリンダ
4月3日より新宿ピカデリーほか全国公開

1910年代、’40年代、’80年代。そして現代。どの時代の少女も、不安にゆらめき、何かに搾取されている。絵画や写真に通底する静謐な画づくりで、北ドイツの農場にある一軒家をめぐる悠久の時空をスリリングに見据えた意欲作。オリジナル脚本も手がける新鋭マーシャ・シリンスキ監督が鮮やかに登場する。「ある意味、辺境の映画」と菊地さん。

菊地成孔

音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
本連載をまとめた書籍『クチから出まかせ 菊地成孔のディープリラックス映画批評』が好評発売中。

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