2026.09.02
最終更新日:2026.09.02

ケンミンの「焼ビーフン」を讃えよ【稲田俊輔のうまいものだらけ|第15回】

博覧強記の料理人・稲田俊輔が、誰もが食べることができながら真の魅力に気づけていない、「どこにでもある美味」を語り尽くす。

第15回|ケンミンの「焼ビーフン」を讃えよ

世の中には「〇〇の素」とか「インスタント〇〇」みたいなものがわんさかあります。僕も普通に現代を生きていますから、そういうものにはしばしばお世話になります。ただし僕は一応プロの料理人でもあり、そこには最低限の誇りのようなものもあるわけです。だから、麻婆豆腐の素を使って麻婆豆腐を作っても、固形ルーでカレーを作っても、粉末うどんスープでうどんを作っても、「うむ、悪くはないが、自分で作ったほうがうまいな」と感じます……いやもしかしたら、そう思い込もうとしているだけなのかもしれません。ちっぽけなプライドってやつです。

しかし世の中には、自分で一から作ったほうがうまいとは、どれだけ思い込もうとしても思えないものがあります。僕にとってその代表格がケンミンの「焼ビーフン」です。

ケンミンの「焼ビーフン」、食べたことはありますでしょうか。だいたいどこのスーパーにも置かれていますから、食べたことない人はいないと思いたいところですが、少し気になるのは売り場における定位置です。これは地域性もあるのかもしれませんが、特に関東エリアのスーパーだと、ケンミンの「焼ビーフン」が置かれているのは概ね「片隅」です。売り場の棚の、なんか足元近くの低い位置に一列だけ、ひっそりと置かれています。

この位置取りが示唆するのは、もしかしたらこの商品はあくまで少数の熱心なファンだけによってコンスタントに買い支えられているのではないか、という仮説です。超メジャーなカルト商品といったところでしょうか。もちろんそれならそれでもいいのです。しかし、もしこの素晴らしさを知らないままだとしたら、有り体に言って人生における損失です。だから今回僕は、こうやって筆を執りました。

というわけで、(今更感もありますが)改めてこの商品についてさらっとおさらいをしておきましょう。ケンミンの「焼ビーフン」は、簡単に言うと、インスタント焼ビーフンです。なので立ち位置として袋のインスタント焼きそばに近いものがありますが、調味料は別添の小袋でなく、麺に染み込ませてあります。作り方は、フライパンに油をひき、肉を並べ、その味付け麺をのせ、さらに上から野菜を被せ、水を注いで蒸し焼き、以上です。

ではなぜこんな簡単なインスタントよりおいしいビーフンが、なまなかなことでは作れないのか? それを解く鍵が「ギリギリ感」なのではないかと思っています。どういうことか、順を追って説明していきましょう。

インスタント食品というものは、基本的に濃い味で作られるものです。なぜそうなるのかには様々な要因がありますが、ひとつは言うなれば「保険」です。濃くしておいたほうがテキトーに作ったり多少失敗したりしたとしてもそうそうマズくはなりにくいのです。あと、インパクトのある味のほうが数多のライバル商品の中で埋もれない、ということもあるでしょう。

なので、自作でインスタントを超えたいと思えば、実は案外簡単です。インスタントの味から引き算、つまり余分なバッファを抜いて濃すぎない味にすれば、なんとなくそこからは上品さやプロっぽさのようなものが漂ってくるのです。その分物足りなく感じる人も中には出てくるかもしれませんが、一定数は「高級店みたーい」と褒めてくれて、少なくとも作り手の自尊心は満たされます。

しかしケンミンの「焼ビーフン」には、そもそもそのバッファが無いのです。引き算のしようがない。作り方はインスタントなのに、味にはインスタントっぽさがない。これはもう敵わねえな、ということになります。逆に言うとこれは、あんまりテキトーに作らないほうがいいのは確かです。袋の裏に書いてある肉や野菜の分量は、可能な限りしっかり守る必要もあります。特に野菜は「えっ? こんなに入れるの?」と思うくらいの量が入ります。そしてその野菜こそが、この「焼ビーフン」のおいしさの決め手でもあります。

皆さまの中には、もしかしてもしかしたらですが「作って食べたことがあるけどおいしくなかった」という人もいるかもしれません。しかしそういう人は、失礼ながら、あまり人の言うことを聞かずオリジナリティを優先しがちなタイプなのではないでしょうか。

とは言っても何せバッファの無い味ですから、指示通りにきっちり作っても、ちょっと薄いな、と思う人も中にはいるかもしれません。しかしそんな時も救済策があるのが、この「焼ビーフン」という料理の懐の深さです。この料理の構成要素とは、土台となる豚肉+たっぷりの野菜+控えめな炭水化物。味付けも含めてこのバランスは、実はほぼ「餃子」と同一です。そうなるともうお分かりですね。物足りない時は、醬油か酢醬油、何ならラー油もぶっかけたら即解決です。ポン酢という手もあります。

これでもう、日本全国誰もがケンミンの虜となることでしょう。皆で力を合わせて、ケンミンの「焼ビーフン」を全国のスーパーの棚の中段に押し上げるべく、地道な草の根活動を繰り広げていこうではありませんか!

ケンミンの「焼ビーフン」を讃えよ イラスト
絵・吉田戦車
稲田俊輔

料理人・文筆家。「エリックサウス」総料理長を務めながら、さまざまな食エッセイを執筆。近著に『食の本 ある料理人の読書録』『東西の味』(ともに集英社)などがある。

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