2026.10.17
最終更新日:2026.10.17

いちご味といちご味味【稲田俊輔のうまいものだらけ|第16回】

博覧強記の料理人・稲田俊輔が、誰もが食べることができながら真の魅力に気づけていない、「どこにでもある美味」を語り尽くす。

第16回|いちご味といちご味味

世の中にはいちご味のお菓子やドリンクが色々あります。これが大きく2種類に分かれることに、皆様お気づきでしょうか。2種類というのは「いちご味」と「いちご味味」です。前者は読んで字の如くいちごの味です。後者は本物のいちごの味とは明らかに何かが違うものの、いつの間にかなんとなくみんなが「これはいちご味ということで承認しようではないか」と認めた味です。ある種のコンセンサスや共同幻想の上に成立しているのが「いちご味味」とも言えるでしょう。

いちご味味は、昭和から続くロングセラー商品に多く見られます。個人的に最も典型的ないちご味味は、アイスクリームみたいな形のチョコレート菓子「カプリコ」だと思っています。そして、月着陸船の形を模したと言われる「アポロ」もそうです。

そのデザインのモチーフとなったアポロ11号が人類初の有人月面着陸を果たしたのは1969年。そこからはや半世紀以上が経ち、今やもうアルテミス計画の時代ですが、アポロのいちご味味は、その間ずっと愛され続けています。途方もないことです。

そんな昭和の時代、いちご味と呼ばれるものはほぼ全ていちご味味でした。僕が初めて真の「いちご味」と出会ったのは、おそらく「ハーゲンダッツ」のストロベリー。昭和も終わりかけの、1980年代後半だったと思います。衝撃でした。「いちご味なのにいちごの味がする!」、そんな当たり前と言えば当たり前のことが、実はちっとも当たり前ではなかった時代、ということになるでしょう。

かつて日本には、いちごに牛乳と砂糖をかけて、いちごを潰しながら食べるという風習がありました。今のようにいちごが甘くなかったからでしょうか。底がエンボス加工された、そのためだけの専用スプーンさえ、ほとんどの家庭にあったのです。ハーゲンダッツのストロベリーは、まさしくその味がしました。「今までいちご味だと思っていたあの味はいったい何だったんだ?」と、少年時代の僕は混乱したものです。

ハーゲンダッツという黒船がやってくる前のストロベリーアイスクリームは、今思えば全ていちご味味でした。その頃最もステイタスが高いアイスクリームの代表格が「レディーボーデン」でしたが、少なくとも当時のそれはいちご味味だったはずです。もちろん僕はそれも大好きでした。

当時「三色アイス」と呼ばれていたものは、バニラ・チョコ・ストロベリーの3種のアイスが、ディッシャーで丸く抜かれて盛り合わせられていました。昭和の子どもたちにとっては、盆暮れ正月が一度に来たような圧倒的幸福でした。

まずはそれぞれを単体でひと舐めした後、次はバニラとチョコの接するあたりにスプーンを差し入れ、均等に掬って食べます。おいしいに決まっています。その次はバニラとストロベリー。これもまた約束されたおいしさです。そう来ると今度はチョコとストロベリーということになるのですが、これは少し緊張します。そんなそれぞれにキャラの立ったあまりにも異質な者達を一緒くたにしていいのだろうか……そんな緊張感と対峙することになるからです。しかし意を決して口に運ぶと、それもやっぱりおいしいんですね。しかもちょっとマセた感じのオシャレな味です。昭和の子どもたちはそうやって、大人への階段をまた一歩上っていったのです。

今でも「サーティワン」などに行くと、3種類のアイスが一度に楽しめる「トリプルポップ」なんてものもあります。ショーケースの前に立つとついつい気分が高揚し、ポッピングシャワーとクッキーアンドクリームとストロベリーチーズケーキ、なんて感じで派手目なものを中心に選んでしまうのは、きっと皆さんも同じでしょう。しかしいざ食べ始めると、それはなぜか、あの時の三色アイスほど心が震えません。それはもちろん、我々が瑞々しい感受性を失った、つまらない大人になってしまったせいもあるのかもしれません。でも単にそれだけとも思えない。派手なトリプルは、何しろ情報量が多すぎて、それぞれの境界線が曖昧になるのです。そもそもポッピングシャワー単体の時点で、人間の脳が処理できるキャパを超えているような気もします。

そんな時僕は、あの三色アイスがふと懐かしくなります。そしてその時のストロベリーアイスは、僕はやはりいちご味ではなくていちご味味であってほしいと思うのです。

アイスの世界においてのみならず、今やいちご味味は少数派となってしまいました。でもやはり時々は出会います。机になんとなく置かれた菓子盆の中に潜んでいたり、誰かが旅行で買ってきてくれた賞味期限が長いタイプのお土産菓子がそうだったり。少ししょんぼりするような、でもちょっと嬉しいような、複雑な気持ちです。

しかしそこはやはり心構えというものも欲しいので、そういうお菓子は、パッケージに「いちご味味」とちゃんと書いておいてほしい気もします。……無理ですかね。

いちご味といちご味味 イラスト
絵・吉田戦車
稲田俊輔

料理人・文筆家。「エリックサウス」総料理長を務めながら、さまざまな食エッセイを執筆。近著に『食の本 ある料理人の読書録』『東西の味』(ともに集英社)などがある。

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