『ジャン=リュック・ゴダール 
反逆の映画作家』

監督/シリル・ルティ 
出演/マーシャ・メリル、ティエリー・ジュス、アラン・ベルガラ
新宿シネマカリテほか全国順次公開中

©10.7 productions/ARTE France/INA – 2022

ジャン=リュック・ゴダール 反逆の映画作家(シネアスト

ゴダールの人生を4分割し、ナタリー・バイやジュリー・デルピーら出演女優を中心とした面々の語り下ろしと、当時の秘蔵映像で構成したドキュメンタリー。イヤホンによる口伝えでキャストを遠隔操作していたメイキングが明かされるなど、ただの天才監督にはとどまらない側面も。これまでのゴダール伝説が一新される、極めて21世紀的でカジュアルな作品。


映画史を体現する伝説の監督ゴダール。
その生涯を意外な軽さで描いた良作

 2022年9月13日に亡くなった映画監督ジャン=リュック・ゴダール。1年後に日本公開されるこのドキュメンタリーは、見たことのない映像素材の数々に驚かされます。マニアであればあるほど楽しめる。一方で、誰もが疲れずに観ることのできる、よい作品だと思います。


 この映画がまったく胃もたれしないのは、主張がないから。例えば「ゴダールは○○である」というような意味の仮託がまったくありません。これが気持ちいい。波瀾万丈にも思えるゴダールの人生に「なぜ?」を投げかけない。監督が積極的にゴダールへの見解を述べていない。


 動画サイトでは見られない「意外性」が満載。例えば『彼女について私が知っている二、三の事柄』(1967)のマリナ・ヴラディ。幻の女優がゴダールについて語っている。最後のパートナーだったアンヌ=マリー・メエヴィルが雄弁に彼について述べているソースも超貴重。知られざるジガ・ヴェルトフ集団時代の内実も明かされるなど伝説破壊的な側面も。


 作品論に向かわず、偉人伝にもしない。生き証人たちが続々登場しますが「ちょっと変わった人だったよね」程度のエピソードを披露し、いかにゴダールが偉大かは言わなくてもいいよね的なニュアンスが絶妙。斬新ですが、スキャンダラスではない。サラッとしています。


 ゴダールは人生そのものが映画史と言っていい存在。しかし、本作にはいい意味でゴダール愛がない。これまでゴダールを描く作品は重いものが大半でしたが、これはスーパーライト。アーカイブの時代である現代に、まだまだ未見の素材があることを教えてくれる。


 どんなジャンルでもそうですが、いわゆる直撃世代がわかっていない。ザ・ビートルズしかり、ヌーヴェル・ヴァーグしかり。直撃されなかった人たちのほうが歴史的な事実として客観視できる。誰かを描く際の20世紀的な暑苦しさが、ここにはない。結果、マイブーマーなゴダールの一面も軽やかに浮き彫りになりました。


 ゴダールの自死を深刻にとらえる人は多いけれど、一生をかけて本当に好きなことをやり続けた監督。例えば5年後、老芸術家の自死に人は驚かなくなっているかもしれない。ゴダールはその先駆けであり、この映画もそんな気分を共有しているように思います。(談)


菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi



Text:Toji Aida

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