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『フラッグ・デイ 父を想う日』

監督/ショーン・ペン 出演/ディラン・ペン、ショーン・ペン、ジョシュ・ブローリン
12月23日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

ⓒ2021 VOCO Products, LLC

ショーン・ペン_映画_フラッグ・デイ 父を想う日

『インディアン・ランナー』での監督デビューから30年。通算6作目のショーン・ペン長編監督作。ロビン・ライトとの実の娘ディラン・ペンを娘役に迎え、実在の犯罪者ジョン・ヴォーゲルを自ら演じる。6月14日=アメリカ国旗制定日(フラッグ・デイ)に生まれた彼が迷走の果てに贋札犯となるまでを後にジャーナリストとなる娘の視点から浮かび上がらせる。愛すべき人間性と、絶望的なまでの虚言の同居が見事。


名優にして名監督。稀少価値が高い男
ショーン・ペンの最高傑作かも

 多くの人に観てほしい映画です。ショーン・ペンの監督作。前作は日本未公開だったので監督としては『イントゥ・ザ・ワイルド』以来15年ぶり。監督も主演も兼ねたのは初めてです。彼は俳優としても監督としても一流の天才肌ですが、これは最高傑作かもしれない。


 ショーン・ペンのファンサイトなどをのぞくと、人気ナンバーワンの出演作は『アイ・アム・サム』(2001年)。知的障害があり愛娘の養育権を奪われてしまう父親の物語。あの作品にちょっと似ています。


 問題のある父親と、そんな彼を愛する娘。父は夢ばかり追っていて、虚言癖もあり、最終的には犯罪者にまでなってしまう。誇大妄想気味だが、狂気の部分にスポットを当てず、娘にとってはある意味、理想の存在でもある父親を絶妙なあんばいで演じている。


 暴力を振るうわけではない。アルコールやドラッグに依存しているわけでもない。しかし、明らかに生活力も社会性もないアメリカの男を、’70年代、’80年代、’90年代と時代ごとに演じ分ける。しかも太ったり痩せたりせず、確かな体格のまま老いてみせる。リアルです。


 娘を演じるのは、なんと実の娘、ディラン・ペン。何度裏切られてもよい思い出から離れられない心情を、美しく成長していく姿とともに好演。ショーンの演出もあるのでしょうが彼女も素晴らしい。また正統派のオープニング、意外な余韻、既成曲とオリジナル曲の無理のない融合など、あらゆる面でさすがの仕上がりです。


 思えばショーン・ペンは3歳年下のクエンティン・タランティーノの躍進によって、監督としては弾き飛ばされてしまった印象がある。キャッチーで全能感のあるタランティーノは、そのオタク性で一時代を築き上げた。対してショーン・ペンはシーンを形成することもなく、「オタクってなんだ?」という姿勢で孤独にキャリアを積んできた。


 タランティーノが迷走の果てにほぼ引退、名誉職に就いた今、ショーン・ペンがこうして傑作を送り届けた。アメコミの悪役を演じることもなく、俳優として一貫性を保ってきた彼。映画に限らず、あらゆるカルチャーがオタク化している21世紀、オタクではない天才の存在価値を感じます。(談)


菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi



Text:Toji Aida

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