木下古栗_小説家

木下古栗 (きのしたふるくり)

小説家。1981年生まれ。著書に『生成不純文学』『人間界の諸相』『サピエンス前戯 長編小説集』など多数。木下氏の短編「大量絶滅」が収録された『真藤順丈リクエスト! 絶滅のアンソロジー』が発売中。


珍とは何か?

 読者の皆さん、おはよんにちんわ~。珍フルエンサーの栗美です。今回は読書の秋ということで、何冊か本を紹介しながら、この連載のテーマの「珍」についてちょっと語らせてね~。



 まず最初に、私の専門は文学なんだけど、皆さんはカフカの『変身』って読んだことあるかしら? 主人公が朝起きたら巨大な害虫になっていたっていう、不条理な設定くらいは聞いたことがあるわよね。でもなんで害虫に変身したか知ってる? それを今から説明するわね。



 実は『変身』を書く何年か前、未完に終わった習作の中で、カフカは主人公に「ベッドの中でコガネ虫になって、冬眠みたいにノンビリしたいなあ…」っていう空想をさせているの。つまりその時点で元となるアイデアはあった。それで『変身』を書くちょっと前、カフカの住むプラハの街に旅回りの劇団がやって来て、その主宰の俳優と友達になったんだけど、この友達は厳格な父親にそむいて家を飛び出して、演劇という「芸術」に身を捧げていたの。カフカは実家暮らしの勤め人だったんだけど、同じように文学という「芸術」に夢中になっていて、でも商売人の父親はそれを全然、認めてなかった。つまり二人は似たもの同士のところがあった。



 そしてカフカが友達を家に連れてきた時、父親はその貧乏俳優のことを「害虫」呼ばわりしたの。それは多分、カフカにとって自分の中の「芸術家」がそう呼ばれた感じだった。そーゆーわけで『変身』の主人公ザムザ(カフカと似た名前ね)は朝起きたら害虫になって、ベッドの中で怠惰に過ごして、セールスマンの仕事も出来なくなって、最後には父親の投げつけた林檎が背中にめり込んで死んじゃう。芸術家としての息子を認めない父親の立場に立って、自虐的に自分を「害虫」にして殺したっていうわけ。



 実はカフカは同じように、自伝的な材料を寓話的に別の設定に置き換えて、創作を量産したの。たとえばネットの青空文庫で読める『家長の心配』っていう掌編の中には「オドラデク」 っていう謎の生き物が出てくるんだけど、これはカフカが別に書いた『狩人グラフス』っていう未完の短編を置き換えたものなの。『狩人グラフス』は色んな書き方を試して結局完成しなかったバラバラの断片が残ってるんだけど、オドラデクも色んな糸とか棒きれとかを組み合わせたような形態で、その不格好さが断片の集まりに喩えられてるっていうわけ。



 カフカって「不条理文学」って呼ばれて「よく分からないもの」として流行したんだけど、こういう説明を聞けば、それが「よく分かるもの」になるわよね。文学って「学」なんだから、分からないものが分かるようになってこそ、そこに「知」がある。私はこの「知」こそが、人間の文化の中で最も「珍」なものだと思うの。



 でも残念ながら、世の中では「分からないもの」の方が影響力が強いのよね。たとえば昔『新世紀エヴァンゲリオン』っていうアニメが大人気で、作中によく分からない謎めいた要素をちりばめて、深読みを誘った。今もネット上で色んな深読みの考察ができる作品が人気よね。でもそこには問題がある。アメリカの作家、ウォルター・カーンさんはこう言ってる。「ネット上の物語の読者は、読むのではなく、書きたいのだ。答えが提供されることを望まず、答えを探すことを望む」。これってまさに「考察厨」「解釈厨」のことだと思うじゃない? でも実はこれ、陰謀論のQアノンの信者のことを言ってるの。もちろんエヴァが悪いっていうわけじゃなくて、同じような仕組みの文化現象ってこと。



 あるいは前世紀末、ノストラダムスの大予言が流行った。1999年にどうなっちゃうのか分からなくて、色んな考察や解釈を誘った。そして単なる与太話じゃ済まなくて、オウム真理教にも影響を与えてしまった(と言われてる)。



 あるいはフロイトの精神分析っていう、無意識っていう「よく分からないもの」を分析する理論が、文学やアートの批評の箔付けとして流行した。でも精神分析は疑似科学なの(『精神分析に別れを告げよう』『なぜ疑似科学を信じるのか』などを読んでみてね)。フロイトやらユングやらが文化として流行したせいで、臨床心理学が現代的に科学になろうとした時、彼らの思想や理論は「宗教や呪術」に近い要素として、反科学的な根深い抵抗も生み出してしまった(『エビデンス臨床心理学』『心理職のためのエビデンス・ベイスト・プラクティス入門』などを参照してね)。



 じゃあ何でそんな疑似科学が文学やアートでは持て囃されたのか? 心理学者の菊池聡さんは『なぜ疑似科学を信じるのか』の中で、疑似科学を「偽ブランド商品」に喩えてる。ロゴや上辺だけ真似た偽ブランド品みたいに、表層的に「知的」っぽい雰囲気があれば、中身はちゃんとした「知」じゃなくてもいい。むしろその方が大衆には受ける。でも無意識の何とかのせいで神経症に…っていう精神分析の理論って、前世の何とかのせいで不幸に…だからこの壺を買えっていう、霊感商法のやり口と地続きよね。あるいは菊池さんは同書の中で、血液型占いが流行した結果、それが人事や就職に影響を与えた例も取り上げてる。つまり「思想」だから「娯楽」だからって言って、放置していいっていうものでもない。メディアは影響力や権力を自覚して、真っ当な「知」ではないものは、そう示していくべきだと思うの。そしてきちんと中身で判断できる人がもっと増えたら、世の中から偽ブランド品が減って、真っ当な「知」が流通するようにもなる。「知」って専門的な探求の産物だし、批判や懐疑によって常に更新されていくから、それに通じてる人は当然、希少で珍しい。つまり「知=珍」であり、それを蔑ろにしないのが珍フルエンサー的な文化っていうわけ。



 ところで実は、そんな真っ当な「知」として文学や創作表現をハードコアに考える内容の電子書籍を今、元理系の元文学好きと一緒に作ってるの。なぜなら私の見たところ、世の中にそういう本がほぼ存在しないから。ちょっと前までブレインフォグみたいな感じで頭が働かなくて、なかなか作業が進まなかったんだけど、何とか今年中にKindle出版するつもりだから、文学やフィクションにガチンコで知的な興味がある人は、是非読んでみてね。筆名は「フリー・グーグルトン」/題名は『高尾症候群』の予定で、以下のURLにて目次みたいな概要を掲載しておくから、チェックよろしく~。
https://note.com/freegoogleton/



 そーゆーわけで最終回なんだけど、皆さんも珍をリスペクトしてね。そして心の中でいいね&フォローよろしく。合言葉は#Oh珍々!


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