悪意と抑圧に満ちた夏休み、
住宅街にわざわいが訪れる

カリフォルニア州カブリリョ、ペッパー通りの両側にある一二の家のひと夏を描く、悪意に満ちた長篇小説だ。

 一三の家族(作中、一軒の家の借り主が変わる)は中流階級に属している。頑張ればサンフランシスコの高級住宅街を狙える中流もいれば、下流への滑落をぎりぎり踏みとどまっている中流もいる。

 みなまっとうな人間を自認しているが、大人たちにはアジア人やユダヤ人や障害者やホームレスへの先入見や差別心がある。近所づきあいのなか、他の家庭への侮蔑がふと露呈してしまうことも。幼年期から高校生までの子どもたちにも、親の偏見が彼らに伝染している。



ハラスメント加害を続ける毒親や毒姑や鬼嫁、貞操観念の緩い夫、心を閉ざした独居老人もいる。学校の長い夏休みに、思春期の子どもたちはマウンティング合戦を展開したり色気づいたりする。

 とりわけ女性登場人物が印象深い。マーティン夫人は攻撃的だし、リリアン・タイラーは病んでいる。ロバーツ夫人はたぶんその両方。子どもなら素行不良のヴァージニアに妄想癖のヘレン、ヤングケアラーと思しきフレデリカに低カーストの文学少女ハリエットとマリリン。



通りのつきあたりは広大な私有地の塀。通りはこの塀と、塀に直交する森のおかげで、社会階層の低い人が住むとされる近隣街区から隔てられている。住人たちはそれゆえにこの、自分たちのものではない塀に知らず識らず固執している。

 その塀がまもなく取り壊され、通りが延長して、私有地の一部に新しい分譲住宅群が建設されるというではないか。住環境の悪化を憂慮する住人たちに、ついに血なまぐさい事件が降りかかる。



シャーリイ・ジャクスンといえばサイコホラーやゴシックで不条理な幻想小説のイメージがある。この作品にも終盤、ミステリ的な展開がないわけではない。

 けれど本書は悪意と抑圧に彩られたホモ・サピエンスの群棲を、四〇人近い人物の視点を往来しつつ描き出した、ストロングスタイルの「現代文学」だ。七四年前の小説と思えない鮮やかさ。


BOOK

『壁の向こうへ続く道』
シャーリイ・ジャクスン著 渡辺庸子訳 文遊社 ¥2,750

作者は1916年サンフランシスコ生まれ。邦訳に『くじ』『野蛮人との生活』(ハヤカワ・ミステリ文庫)、『こちらへいらっしゃい』(早川書房)、『処刑人』『丘の屋敷』『ずっとお城で暮らしてる』『なんでもない一日』(創元推理文庫)、『鳥の巣』(国書刊行会)、『日時計』(文遊社)。1965年没。訳者は1965年東京都生まれ。訳書にキャロリン・キーン《ナンシー・ドルー・ミステリ》シリーズ(創元推理文庫)など。


千野帽子
文筆家、俳人。パリ第4大学博士課程修了。専攻は小説理論。著書に『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書)、共著に『東京マッハ』(晶文社)などがある。


Photo:Mai Shinya