2021.10.06

『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

まだ知らない体験や世界を読書は教えてくれる。嶋浩一郎さんの薦める今月の一冊は?

『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべきの画像_1

酢が変わる、米が変わる 知らないうちに起きてた変化



気に入ると同じ店に通い続けるタイプだ。もちろん誘われれば新しい店に出かけることもあるが、基本的には波長の合いそうな店に居ついて何年も通うことになる。カウンターの左端が好きなようで、お気に入りの席を決めると、そこで一人の時間を過ごすことが多い。そんな自分に、「この店行かなきゃ!」という新店開拓ToDoリストを与えてくれたのがこの本。漫画原作者でもある早川光さんはBS番組で鮨店を多数紹介してきた。彼は仲卸に魚に詳しい鮨職人を聞き出し、時に名も知れぬ住宅地で「地上の星」を発見する。そんな店はどこも研究熱心で、この10年で江戸前鮨は劇的な変化を遂げていた。『新時代の江戸前鮨がわかる本』は経営手法から食材まで、鮨店の変化をマーケティングの視点も踏まえて分析、巻末にお薦め店を紹介している。

さまざまな鮨の構成要素に精通しているのだが、「酢」の知識には圧倒された。最近、赤酢を売りにする店が増えた印象がある。僕も赤酢で有名な店に連れていってもらったことがある。赤酢は酒粕から造られるが、酢に含まれるアミノ酸とマグロのイノシン酸の奇跡の出会いを味わった時、「なんで鮨は赤酢でつくってこなかったの?」と思ってしまった。でも、恥ずかしいかな、江戸前鮨は江戸時代から赤酢で調理されていたそうだ。米酢を使った「銀シャリ」は昭和30年代からの一種の流行なのだという。今赤酢がきているというより、江戸前の基本に回帰しているという方が正しいわけだ。米も古米を使うという常識がなくなり提供方法も試行錯誤がなされているという。コロナ後に紹介された赤酢の店に一目散に行くことが決定!

ところで、江戸前鮨について残念に思うのはお好みの店が減り、お任せのコースの店が増えていること。その背景もしっかり説明してくれているのだけど、食べたいものだけパパッと食べられる店が絶滅危惧種になっているのは寂しい限り。代々木上原にいい仕事をしているけれど、お好みで頼める鮨店がある。ここは長く通いたい店の一つだ。


BOOK

『新時代の江戸前鮨がわかる本
訪れるべき本当の名店』

早川 光著
ぴあ ¥1,650

ウニや穴子など、人気の鮨だねの産地が変わってきている。漁師や水産加工業の皆さんも漁法を変えたり、加工技術を研究したり、努力を惜しんでいないことがわかる。巻末の推薦店はどの店にも食指が動く。トップバッターに登場する店は『ど根性ガエル』の梅さんがいた宝寿司のようなザ・昭和な世界なんだそうだ。1万円台で食べられるという基準でセレクトしたのも好感がもてる。


嶋 浩一郎

1968年生まれ。博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO、編集者。本屋B&Bの運営にもかかわる。著書に『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。


Photo:Mai Shinya

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