クロノグラフは定番機構だが、それが“手巻き”になると、話が変わってくるらしい。ウォッチディレクターの篠田さんから、その魅力を学んだ。
手巻きクロノグラフに触れる
中目黒のヘアサロン、CASIを主宰。ファッションや時計、インテリアにも精通。最近はバイクにもハマっており、英国車「トライアンフ」に乗っている。
多くのファッションブランドのPRを手がけながら、2019年にギャラリーショールーム、エンケルを立ち上げ、クラフトや家具にも精通。大のランゲ好き。
進化とは無縁の味わいを楽しむ
時計界の“シーラカンス”
機械式時計の基本メカニズムは、約400年前に完成したとされるが、それ以降も小型化など常に改良を重ねてきた。クロノグラフも進化の著しいジャンル。17世紀の中頃に計測機器として生まれたクロノグラフは、1910年代には腕時計にも搭載されるようになる。しかし当時の動力ゼンマイの巻き上げ方式は、手巻きだった。
可動部が多いクロノグラフ機構を正確に動かすには、ゼンマイのトルクを安定的に引き出す必要がある。つまり人間の動きに合わせてゼンマイを巻き上げ続け、動力ゼンマイを常にフル巻きの状態にキープできる自動巻き式こそが理想だ。しかし実際には、ただでさえパーツの多いクロノグラフに巻き上げ機構を加えると、かなり時計が厚くなってしまう。そのため各社はパーツや構造を簡略化して厚みを抑え、1969年にようやく待望の自動巻きクロノグラフが完成。そして現在では、定番機構として人気を集めている。
篠田 実用的で高性能な自動巻きクロノグラフのおかげで、クロノグラフはすっかり市民権を得ました。しかし計測機器としての性能や機能性を最優先したムーブメント設計であるため、味わいに欠けるのも事実。そこに物足りなさを感じる時計愛好家たちが注目するのが、かつての雰囲気を残す手巻きクロノグラフです。その魅力は“美しいこと”に尽きる。その代表格がドイツの名門A.ランゲ&ゾーネの「1815 クロノグラフ」です。
並木 クロノグラフ=スポーツウォッチという印象でしたが、ドレッシーなデザインやダイヤルの白×青の色合わせが素敵ですね。
篠田 手巻き時代のクロノグラフは、医師の脈拍計測用の機器としても使われました。このモデルにはその名残として、パルスメーターという目盛りもついています。
水澗 クロノグラフとしてはすっきりとしたデザインですし、ケースもコンパクトで薄型なので、腕への収まりも素晴らしいですね。
篠田 でも本当の見どころは、このムーブメント。自社製のキャリバーL951.5は、パーツ点数が306個。そのすべてが手作業で仕上げられています。
水澗 うわっ、この奥行き、すごいですね。
並木 この小さな時計の中に、精密な機械がギッシリ詰まっている。
水澗 パーツのエッジ部分まで完璧に磨いている。これって職人さんの手仕事ですよね。どうやって磨いているんだろう。
並木 先ほど資料として見せてもらった1930年代のクロノグラフムーブメントに通じる美しさがありますね。現行モデルでありながら、レトロな味わいがあるのがうれしい。
篠田 曲線を生かした有機的なデザインのパーツは、細くて立体的。ヴィンテージウォッチのようにロービート仕様になっており、心臓の鼓動のようにゆっくりと時を刻みます。
水澗 本当だ。このゆっくりとした動きが、見ていて心地よいですね。
篠田 ぜひクロノグラフも動かして、プッシュボタンの押し心地を体験してください。
水澗 おお。カチッと軽やかですね。
並木 クルマやバイクのシフトレバーのように、カチッと収まる感触ですね。
篠田 これは、クロノグラフ機構の制御にコラムホイールというパーツを使用しているから。パーツは厚みがあり、高い工作精度も要求されますが、このタッチの軽やかさを知ってしまうと、もう戻れません。
水澗 オーナーじゃないとわからないこだわりですね。ずっと触れていたくなります。
並木 感動的です。時計の佇まいは品があってモダンですが、中にはレトロな機械が詰まっている。ロマンのある時計ですね。
篠田 というか、ロマンしかない。こういう古典的な機構を、今でも大切に守っていこうという心意気を楽しむ時計。それが手巻きクロノグラフなんです。