時計が生まれる場所を見たい。そんな思いをかなえるために、「グランドセイコースタジオ 雫石」を訪ねた。そこには、美しい自然があり、理念をもった職人たちがいた。
グランドセイコーの故郷、雫石を訪ねて
ヴィンテージウォッチを中心に収集する時計好きの顔をもつ。いつかはスイスの時計工房を訪ねることが目標。
2020年にオープンした「グランドセイコースタジオ 雫石」は、日本を代表する建築家、隈研吾氏が設計を担当。木造建築でありながら、組み立てのためのクリーンルームに埃や塵がたまりにくくするため、水平でない「登り梁」を採用するなど、構造設計的にも価値のある建物であり、建築ファンからも注目されている。
精密で美しい時計が生まれる場所
人、環境、技術、文化、熱意。
すべてが揃って、時計が生まれる
高級時計は製造工程の多くで人間の手がかかわるため、どこで誰が製造しているかが、製品に反映される。グランドセイコーは世界に誇れる「日本の時計」だが、その機械式モデルは岩手県の雫石町でつくられている。
岩手県盛岡市から車を走らせること、約30分。近くには政財界の大物が開いた日本最大の民間総合農場、小岩井農場もあり、豊かな自然が残るエリアに「グランドセイコースタジオ 雫石」がある。
ここはブランド設立60周年の節目にオープンした、グランドセイコーの機械式モデル専用のマニュファクチュールであり、隣接する製造棟でつくったパーツを組み立て、調整し、精度チェックを行い、ケースに収めて出荷するという工程を行っている。
「なんかのんびりしたいい場所ですね」とスタイリストの小林新さん。以前から時計製造の現場が見たいと話していたが、ついに念願かなってこの地に降り立った。
建物は、建築家の隈研吾氏が設計。屋根を大きく跳ね上げることで外の景色を内部に取り入れ、大型窓や床と外の芝の高さを合わせることで境界を曖昧にし、自然と調和させる。
まずはエントランスホールの展示を見学。グランドセイコーの歴史や過去の傑作だけでなく、製造しているムーブメントやそのパーツも展示されている。
「シースルーバックからムーブメントが見える時計もありますが、こうやってパーツまでバラバラな状態を見たのは初めて。ネジなんて、想像以上に小さい…。これを人間の手で組み立てるなんて、自分には無理だなあ」小林さんもウォッチメイキングの世界にのめり込んできたようだ。
「グランドセイコースタジオ 雫石」は、訪問者が組み立て工程を見学できるように設計されている。長い廊下に面したクリーンルーム(組立工房)では、時計師たちがムーブメントの組み立てや針の取り付けなどを行っている様子が見える。その表情は真剣そのもので、厚いガラス窓のこっち側にいるわれわれも、つい息をひそめてしまう。
コロナ禍明けから本格的に見学者の受け入れを始めたが、あっという間に予約枠は埋まっていく。しかも外国人観光客も多いという。これだけ間近に、世界最高峰の時計づくりの現場を見られるのだから、時計愛好家にとってはたまらない経験になることだろう。
ゆっくりと時を重ねる、周囲の自然たち
豊かな自然の中から美しい時計が生まれる
工房内の見学を終えた取材チームは、スタジオの周辺を歩く。「グランドセイコースタジオ 雫石」の周辺は、意識的に雑木林が残してある。それは、この場所が里山と湖を移動する動物たちの動線にあたることがわかったから。木々を残すだけでなく、そこで暮らす動物たちの生態系も考えながら、持続可能な環境をつくり、維持していく。それも彼らの役目なのだ。そのおかげで、ニホンカモシカやタヌキといった野生動物が遊びに来ることも少なくないそう。
また雫石周辺の水辺の環境を保全するための試みとして、動植物や虫たちが暮らすビオトープを、岩手県立大学と協力して開設。きれいな水をたたえた池は、昆虫や鳥たちの休憩所にもなっている。
そして遠方に目を向ければ、雄大な岩手山の姿が目に飛び込んでくる。グランドセイコーでは、自然の情景を型打ちダイヤルで表現するデザインも人気が高い。そういった考え方は、美しい自然に囲まれたこの地だからこそ生まれたのだろう。
「ここは“時計をつくるための場所”だと思っていましたが、大学や地域を巻き込み、周辺環境も含めて、もっと広い視点で物事を考えている。スタッフの方が、“部品づくりから人づくりまで”とおっしゃっていましたが、まさにそういう場所なんですね」
世界でここでしかできない特別な体験
時計という感動を生み出す場所
散策を終えると、「グランドセイコースタジオ 雫石」の2階にあるラウンジへ。ここにはクリーンルームと同じ素材の作業机があり、時計師気分が味わえる。小林さんには、簡単な分解・組み立てを体験してもらった。
「時計は好きだし、組み立ての動画なんかも見ますが、実際に現場を見て手を動かしてみると、その作業の難しさに驚かされます。でもここで働く人たちは、鍛錬を重ねることで、こういった技術を習得したわけですよね。それってもはやアスリートに近い。もう尊敬しかないです。ファッションスタイリストという仕事の場合、どうしても、デザインや色、質感など表層的な部分が重要になってきますが、グランドセイコーがつくられる現場を見ると、もっと深い部分で考えられているのがわかった。時計師の方たちにとっても、『グランドセイコースタジオ 雫石』で仕事をするのは、誇らしいことだと思う。仕事に誇りをもっていなければ、人を感動させる時計をつくることはできないでしょう」
グランドセイコーの時計が、なぜ世界中で評価されるのか。「グランドセイコースタジオ 雫石」の自然環境、設備、技術、そして人。そのすべてが理由なのだ。
グランドセイコースタジオ 雫石
岩手県岩手郡雫石町板橋61-1 盛岡セイコー工業内
TEL:019-692-5863
電話受付:9時30分~11時30分、12時15分~16時
※完全予約制(https://gs-studio-shizukuishi.resv.jp/)