クリエイティブ・ディレクター、シモーネ・ベロッティのディレクションで完成した新作の「K-Street」は2000年前後のフットウェアを想起させるデザイン。多彩なアスレチック、スポーツの要素がミックスされており、ソールは空手の世界観から着想を得た要素を取り入れている。
スニーカーとファッションはどう結びついた?
’90年代にハイテク全盛期の気流に乗った日本は、’96年に世界に先駆けて大きなスニーカーブームを起こしました。ブームとはそれまで興味もなかった一般層を巻き込むことで増える分母がつくり出す現象です。例えば今までは3人に1人の割合で手に入れられたスニーカーが、10人に1人になったとき、そのシューズは稀少性という価値を帯びる。それを手に入れた人に向けられた羨望のまなざしの先はいつしか変わり、フリマや並行輸入店などで高値で売買されることがスニーカー、いやナイキブームの正体でした。
プラットフォームが整う前に、わりと分母に欲しいものが行き渡ったことで、ブームは静かに崩壊した。それが’98年頃ですが、ヨーロッパでは新しいスニーカーの価値観が生まれようとしていました。それが、ファションとスポーツとのコラボレーション。それは現代のスニーカー業界の風景を形づくる’90年代を象徴するカルチャーでもあります。あまりに華やかで、過剰な世界とも思われてきたランウェイに、洗練されたミニマリズムが宿り、エルメスやプラダ、ジル サンダーといったブランドが、自分たちでスニーカーを発表するようになりました。
当時の主流だった保守的で、クラシックなフットウェアに代わるモダンな選択肢をつくりたいという願望から、ジル・サンダー氏は、スニーカー文化に惹かれていたそう。そして移動で多忙なスケジュールを送るファッションのプロフェッショナルに向けた、生活に寄り添う快適なシューズを作りたい欲求にあふれていました。イタリア国内で加硫したソールを作ることが技術的に難しかった背景もあってプーマとの協業が実現し、スポーツとラグジュアリーの接点が生まれました。サッカーシューズの「KING」に、ジョギングシューズの「EASY RIDER」の円錐状のスタッドを使った「PUMA KING AVANTI」が最初のモデル。何よりも彼女が求めていたボクシングシューズのように柔らかな本革を使用することで、スポーツの躍動感に控えめなシックさを融合したのです。ライフスタイルに寄り添うスニーカーにジル サンダーの理想が注ぎ込まれ、ファッションが人々の生活に溶け込むようになった。その功績を考えると、ユニクロに+Jが生まれた経緯も納得するところがあります。
スニーカーとファッションという相容れにくい二元論を突破するきっかけを、ジル サンダーとプーマはつくりました。そしてモードにミニマリズムが重要な要素になった昨今、両者のコラボレーションは再び復活し、4月に第二弾が発表されました。上質なスエードとミニマルなシルエットを、どうスタイルに取り込むか、この夏の楽しみになるといいです。人気のシューズが稀少性とイコールであるのは当たり前。大切なのは、手に入れた人が、それをどう表現するか。まずは自分の生活が快適になって、おしゃれを楽しむ。そのためのスニーカーでありたいですね。
「足元ばかり見ていては欲しい靴は見えてこない」が信条。近著に『1995年のエア マックス』(中央公論新書)。スニーカーサイズは28.5㎝。