本田耕一朗さん

プログラミング教室経営 34歳

千葉で生まれ育ち、埼玉、東京で暮らした後、海が近くて自然が豊かな場所に住みたいと思い鎌倉へ移住。現在はフリーランスとして、プログラミング教室の経営や広告支援などに携わる。



会社があった鎌倉に移住後、フリーランスに

「移住前に勤めていた会社が鎌倉にあったので、移住したことで“職住近接”となり時間に余裕ができました。しかし、ほどなく会社が東京に移転したため、1年ほど都内へ通勤する生活を送ることになったんです。それが大変だったこともあり、移住して1年で退社してフリーランスになりました」



不安その①都心との距離感


東京を離れる際、これまでの友人や仕事仲間たちと物理的にも心理的にも距離が遠くなってしまうことを一番心配したという本田さん。その距離感をどのように詰めていったのだろうか?


「友人と疎遠になることは不安でしたが、結局のところ、本当に仲の良い友人との関係性は変わらないことがわかりました。湘南新宿ラインを使えば、乗り換えなしで50分程度で恵比寿まで行けますし、グリーン車に乗ってPC作業をしているとあっという間に着く。実際に暮らしてみると、心配していたほど都心との距離感は感じませんでした」



不安その②収入の維持


移住してからフリーランスになった本田さん。友人関係だけでなく前職からつながりがあった東京のクライアントとの距離が離れてしまうことにも不安を感じたという。


「都内で打ち合わせをすることが多かったのですが、遠方だからと遠慮してしまう人もいました。しかし、コロナ禍でオンライン会議が当たり前になり、距離のデメリットも少なくなりました。また対面での打ち合わせでは、初対面の方に名刺を渡した時、鎌倉に住んでいることが会話のいいきっかけになります」



不安その③生活環境の変化


本田さんが東京で暮らしていた街は西麻布。そこに比べると鎌倉は大きく環境が異なる。新天地に期待を膨らませる一方、そのギャップに多少の不安を感じていた。


「鎌倉に移住した時はまだ独身でしたが、その後、結婚して家族で暮らせる物件に引っ越しました。海にも駅にも近い好物件は少ないのですが、たまたま理想的な物件に出会えました。海風が吹いてくるため、自転車がサビやすいなどのデメリットはありますが、空気は綺麗だし、海にも山にもすぐに行けて、子どもを自然に触れさせることもできます。子育てにはとてもいい環境だと思います。スーパーなどお店が早く閉まる、観光地だから物価が高い、など聞いていましたが、実際は遅い時間まで開いているリーズナブルなお店もあるので、不便さもありません」



不安その④ローカルとの関係性


「鎌倉はローカリズムが強いと聞いていたので地域に馴染めるか少し不安でした。しかし、現在のところ閉鎖的なローカリズムを感じるような経験はほとんどありません。むしろ、地元の人はウェルカムな感じで受け入れてくれて、地域のいろんな情報を教えてくれたり、一回会っただけなのにお祭りの神輿に誘ってくれたりします。周りには同年代の移住者も多いので心強いですね」



不安その⑤移住した意義を見出せるか


移住してから最初の1年は都内に遊びに行ってばかりで、鎌倉に帰ってきたら独りという生活を送っており、移住したからこその楽しさを感じられなかったという本田さん。しかし、ある時、地元の飲み屋さんに顔を出してみたところ、暮らし方が大きく変わったという。


「年齢や立場に関係なく、色々な人と話ができる地域のコミュニティのようなお店があるんです。そこには、鎌倉が好きという共通の価値観を持った人々が集っていて、様々な情報交換をしている。お店のオーナーや常連さんと話すうちに、新しい鎌倉の魅力を知ることができ、鎌倉がどんどん好きになっていきました。それが高じて、鎌倉の魅力的な場所を掘り下げて紹介する『鎌倉新聞』というウェブマガジンを立ち上げました。また、2018年10月には地域の子どもたちに向けたプログラミング教室も開設しました。都内にいた時は地域貢献なんて考えたこともありませんでしたが、土地に愛着が湧いてくると自然と自分に何かできることがないかと考えるようになる。そうしたポジティブな変化が自分の中に生まれたことも移住した意義のひとつかもしれません」



移住する前に本田さんが抱えていた不安のほとんどは、実際に暮らしてみてから払拭されたようだ。移住はやはり、”案ずるより産むが易し”なのかもしれない。