文化系ネオクラシック車と30人の男たち
1980〜90年代のネオクラシック車が人気だ。
メーカーの姿勢が伝わる個性的なつくりや、
機械の調子を感じながら付き合うのが楽しい。
そんなクルマ生活にハマった30人を紹介します。

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SAAB 900 Turbo(1986年式)
宇佐美直人さん(フォトグラファー)
北欧が生んだ、インテリジェンスあふれる名車
2016年に惜しまれつつも歴史に幕を下ろしたスウェーデンのサーブは、航空機メーカーとして培ったノウハウと、個性的なスタイリングで多くの人を虜にした。その名を聞いて「懐かしい」と感慨を抱く人も多いはずだ。
サーブは1947年に自動車部門を設立。空力に優れたボディに小排気量エンジンを搭載したモデルを発売するなど、独自のクルマづくりで市場を広げていった。今回紹介する「900シリーズ」は、1978年から93年まで製造された同社を代表する車種。先代の「99」から受け継がれたターボは、出力を稼ぐだけでなく、排ガス規制による出力低下を改善するための役割を兼ねるものとして開発され、当時としては画期的なものだった。
サーブが日本で知られるようになったのも、900シリーズによる功績が大きい。バブル期の日本でも人気を博し、自らも900を愛用した作家の五木寛之氏が広告に登場するなど、どこかインテリジェンスを感じさせる佇まいが魅力だった。そして近年では、濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』に登場する赤い車として、再び多くの人の目に触れたことが記憶に新しい。

宇佐美さんの900ターボは、通称「絶壁顔」と呼ばれる希少な前期型。この後に「空力顔」と呼ばれる後期型へとフェイスリフトされる。ルーフキャリアは社外品。
オーナーでフォトグラファーの宇佐美さんは、希少な前期型の900ターボを6年前に購入。仕事から家族で移動する時まで、すべてこの1台で済ませている。
「大学を卒業後に広告制作会社でカメラアシスタントをしていた頃、カメラマンの方が900に乗っていたんです。見ているうちに独創的なスタイリングにすっかり魅せられてしまい、『いつかこれに乗りたい』という気持ちが湧いてきました」
立ったAピラーや前後に伸びたオーバーハング、幅が狭いドアのつくり……と当時のメルセデス190Eなどと比べると基本設計の古さは否めないが、湾曲したフロントガラスなど、飛行機のコックピットから着想を得たデザインは乗り物好きの心をくすぐる。特に横から眺めると、「派手さはないけれど、ずっと見ていられる」と宇佐美さんも惚れ込む理由がよくわかる。

前後のオーバーハングが長く、全長は4680mm。4ドアセダンのほかに、3ドアと5ドアのハッチバック、そしてクーペとカブリオレが存在する。
エンジンは2ℓのDOHCターボ。5速MT仕様も輸入されたが、ほとんどが3速ATだった。ATの場合、高速走行時はどうしてもエンジンの回転数が上がってノイジーになってしまう。またエンジンが前後逆さに積まれていることや、エンジンフードが前に大きくスライドし、レーシングカーのカウルのようにフェンダーもろとも開くつくりも独創的だった。
「北欧のクルマということもあり、寒い日は調子がよくヒーターもよく効くのですが、夏場は水温やアイドリングを見ながらドキドキして乗っています」
メーカーは消滅しているため正規の部品を入手するのは至難の業だが、愛好家が世界中にいるため、サードパーティの部品は入手可能。サーブの専門店として知られるA2ファクトリーでメンテナンスを受けているため、今のところは大きな修理に見舞われていない。

宇佐美さんのサーブには、ところどころ経年変化のヤレも見られる。「塗膜が弱く、洗車で傷が入ってしまったこともあります」。
「幸いにも調子がいいですし、このクルマから降りることは考えていませんが、もし乗り換えることがあったとしても、きっとまたサーブなんだと思います」。

宇佐美直人さん/フォトグラファー
1985年生まれ。日本大学芸術学科写真学部を卒業。サーブ900 ターボは初の愛車。