博覧強記の料理人・稲田俊輔が、誰もが食べることができながら真の魅力に気づけていない、「どこにでもある美味」を語り尽くす。
第12回|うま煮とはまた大きく出たな
「うま煮」という料理があります。和食でもこう呼ばれる料理はありますが、どちらかというと中華のイメージが強いですかね。そして中華と言ってもそれはあくまで、昔ながらの「日式中華」のメニューです。本場には、日本のうま煮に直接相当する料理名や調理法は特に無いみたいです。
それにしても「うま煮」とは、いきなり大きく出たものです。自ら「うまい」って言い切っちゃってますからね。うまくないことが許されない料理、それがうま煮です。
少年誌の食マンガで、豪放磊落ないしは天真爛漫な主人公が、「この料理はうま煮ってんだ。うめえから食ってみな!」と鼻高々……みたいなシーンなら容易に思い浮かべられますが、現実世界においてここまで自信満々な態度が取れる料理人はそうそういないでしょう。少なくとも僕は無理です。お客さんに「この『うま煮』ってどんな味ですか?」と聞かれ「うまい味です」とストレートに答えるなんて、小心者の僕は想像しただけで目眩がします。
そんなうま煮の代表格が「五目うま煮」。これはいわゆる「八宝菜」と同じものを指すことがほとんどです。町中華というよりはもうちょっと高級な昔ながらの中華料理店では、メニュー名の最初が中国っぽい料理名、次にその和訳、みたいになっていることがあるでしょう?
八 宝 菜
五 目 う ま 煮
みたいな感じですね。活字のこの均等割付が何とも頼もしい。こういう店はだいたい当たりです。
ただし「五目うま煮と八宝菜は別の料理」と主張する人もいるようです。使われる具材が5種類か8種類かの違いがある、というのがその根拠。個人的にはこういう細っけえことをごちゃごちゃ言う人は嫌いではありませんが、町中華のコックさんたちがそこまで厳密にカウントしているとは限りません。ある時は6種類、ある時は7種類、巨人が勝って上機嫌な日はもしかしたら9種類になるかもしれません。それをなんと呼べばいいのか。やはりこれは最初から区別しない方が良さそうです。
町中華におけるうま煮の活躍は八面六臂です。例えば「五目焼きそば」の上にのっているのは、まぎれもないうま煮。あの名称はつまり「五目うま煮のせ焼きそば」を縮めたものとも解釈可能です。
「五目ラーメン」も全く同じです。五目ラーメンというものは昨今のラーメンブームからは完全に取り残された存在なので、今やどういうものか知らない人も少なくないかもしれません。でも安心して下さい。それは単なる「五目うま煮のせラーメン」です。
ところでこの五目ラーメン、お店によっては「広東麺」という名称になっていることがあります。うま煮系メニューにおける同じ料理の使い回しを隠蔽する、うま煮ロンダリングなのでしょうか。そもそもどこから急に出てきたんだ「広東」? そしてこれどうせアレでしょ、天津飯が天津に無いのと同じで、広東麺は広東にはありません、的なやつでしょ。こちとらそう簡単には誤魔化されませんよ。
そんなどこか胡散臭さも纏う広東麺a.k.a.五目ラーメンですが、たまに食べると妙にうまいんですね。そりゃそうか。のってるのはうま煮だもんな。
そしてうま煮ロンダリングと言えば、押しも押されもせぬ大御所を忘れてはいけません。そう、「中華丼」です。世の中にこれほどふてぶてしい料理名が他にありましょうか。五目うま煮は確かに素晴らしい料理です。うまいし。しかしそれを飯の上にのせただけのものが、何をシレっと勝手に、中華代表でござい、みたいな名を名乗っているのでしょうか。これは一種の横暴なのではありますまいか。
しかしですね、日本における中華料理の歴史をひもといていくと、黎明期においてうま煮が果たした役割の大きさを思い知らされることにもなるのです。当時の日本人は肉食にまだ慣れきってはいませんでした。油脂にはもっと慣れていませんでした。そこにおいてうま煮は、あくまで野菜主体、そして油も比較的あっさり、それはどこか和食の煮物にも通じるところがあります。今と違って煮物こそがおかずの代表格だった当時の日本人が、うま煮を米にのせたものを中華の代表格として受け入れたのは、決して不思議なことではないのです。
現代におけるうま煮は、極めて地味な存在です。麻婆豆腐や回鍋肉、海老チリのような、パンチが効いてはっきりとした特徴のある人気料理たちとは、対極にあると言っていい。かつて誰もが素直にうまいと思える数少ない料理のひとつだったうま煮は、うまい味のバリエーションが膨大に増えた今、完全に埋没しています。
現代においては、決してマズくはないけどこれと言って印象のないぼんやりとした味に出会った場合、オトナならそれを「やさしい味」と表現しなければならないという暗黙のルールがあります。本当は、五目うま煮はもはや「五目やさしい煮」とでも改名されるべきなのかもしれません。中華丼は「五目やさしい丼」、広東麺は「五目やさしい麺」です。
うま煮本人にとっても、それくらいの方が気が楽なのではないでしょうか。今の名前は少々荷が重すぎます。
料理人・文筆家。「エリックサウス」総料理長を務めながら、さまざまな食エッセイを執筆。近著に『食の本 ある料理人の読書録』『東西の味』(ともに集英社)などがある。