第23回|インターネットから生まれた新しい美意識、「ダークアカデミア」とは?
今回扱ったのは、「Dark Academia: Curating Affective History in a COVID-Era Internet Aesthetic」という論文。著者はエラスムス・ロッテルダム大学に所属している。インターネット美学の一種「リミナルスペース」は日本でも人気であり、ALT236の『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』(フィルムアート社)で詳細を知ることができる。
新型コロナウィルスの流行で物理的な学校が機能停止したとき、ウェブ上では「ダークアカデミア」が流行していた。主な担い手は、10代から20代前半にかけての、「アカデミックな」文化へのアクセスを断たれた若者たち。ツイードのジャケット、古くて薄暗い図書館、本でいっぱいの学生カバン、大きめのカーディガン、骸骨や蠟燭――。映画や小説の『ハリー・ポッター』を思わせるゴシック調の要素で構成された様式である。当初は視覚に限定されていたが、Spotifyでプレイリストが編まれ、The New York Timesなどの大手メディアが取り上げたことで拡散した。
ダークアカデミアは、「インターネット美学」の一つである。SNSを中心にボトムアップに生成され、次第に一定のまとまりを帯びてジャンル化した美的様式、美意識のことだ。いくつかの特徴を共有した視覚的様式からはじまり、映像や音楽などに派生する。中でもダークアカデミアは、19世紀後半から20世紀前半にかけての寄宿学校、プレップスクール文化やそれに基づく文学・映画を着想源にしている。
ダークアカデミアのムードを言葉にしたTumblrの投稿から一部アイテムを紹介しよう。紅茶、銀の指輪、古いペーパーバック、月明かり、擦り切れたセーター、ワイン色の唇、廊下から響くハミング、積み上げられた本、古代の言葉、古時計の時を刻む音などである。夜に薄暗い明かりの下でカーディガンを羽織り、髪を丁寧にまとめた人物がオスカー・ワイルドの本を抱えて古びた書斎にたたずんでいれば、きわめてダークアカデミア的な絵になる。
これを、SNSの一部の事象だと片づけるには惜しい。メディアによる情報の編集(キュレーション)に、ダークアカデミアの支持者は対抗しているところがあるからだ。ダークアカデミアは、表面的にゴシックで大学的な雰囲気をまとうことを目的にするのではなく、(時代遅れともみなされる)学問や文化への情熱を抱き、同性愛を理由に投獄されたオスカー・ワイルドなどの文章に親しむことでジェンダーの多様性を真摯に受け止めることにつながっている。ここに、メディアへの対抗的キュレーションの可能性や、「クィアネス」(異性愛主義から逸脱するあり方)に向かう潜在性を見出すことができる。
しかし、白人中心だという自己批判も出てきている。ダークアカデミアの着想源である映画や文学には、有色人種が大抵登場しないため、ダークアカデミアの視覚イメージでは西洋白人の身体が規範的な典型となりがちである。有色人種の存在をダークアカデミアの視覚言語に刻み込もうとする試みはあるが、その受容者は有色人種の範囲に留まっている。身近で楽しい文化の中にも、こうした偏りは存在しうるのだ。
哲学者。京都市立芸術大学美術学部デザイン科で講師を務める。著書に『増補改訂版 スマホ時代の哲学』『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』『鶴見俊輔の言葉と倫理』など。