『ザ・ロマンティック』ブルーノ・マーズ
ブルーノ・マーズ(1985年生まれ)
懐メロがルーツの “火星人”
一見、苦労知らずのようだけど、実は下積み時代が長かった男、それがブルーノ・マーズである。理由は“個性的すぎた”ことにある。スターになった今ではわかりにくくなっているかもしれないけど、冷静に考えてみよう。懐メロヒット曲にしか聞こえない自作曲を、ディスコのステップを踏みながら歌いまくるラテン系の小柄(165㎝)なスターが、ほかにいるだろうか。事実、過去には売り込み先のレコード会社の社員から「見た目に合わせてラテン・ポップをやるべき」と、アドバイスされたこともあったらしい。確かにプエルトリコ系の血を引いてはいたものの、ブルーノが生まれ育ったのは、ハワイのホノルル市。家族が観光客向けのホテルで演奏するバンドを仕事にしていたため、彼も幼い頃からステージでエルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンのモノマネを披露していた。つまりブルーノにとってのルーツは、あくまで懐メロヒット曲だったのだ。
しかし困窮生活が5年も6年も続いたため、ブルーノは戦略を変えた。自分がデビューする前にソングライターとして他人にヒット曲を提供するのだ。すると、持ち前のポップセンスによっていくつかのヒット曲に関与。B.o.B「Nothin’ On You」ではサビの歌を担当したほか、ビデオにも出演し、声とルックスが評価されて、ついに2010年にメジャーデビューを果たしたのだった。その後の快進撃は言うまでもない。
そんなブルーノが、約10年ぶりに発表したニューアルバム『ザ・ロマンティック』には、メキシコのマリアッチ・スタイルの「Risk It All」やタイトルどおり、キューバのチャチャチャを取り入れた「Cha Cha Cha」といった、ラテン・ポップが収録されている。これは失われたルーツへの探訪なのだろうか。いや、本名がピーター・ジーン・ヘルナンデスでありながら、女の子に「地球の人じゃないみたい」と思わせたいばかりに“マーズ(火星)”と名乗った彼のことだから、違うはず。ポップ・ミュージックに国境はない。だからラテン・ポップを避ける必要もない。スーパースターになることで、彼はようやくその境地に至ったのだ。
『ザ・ロマンティック』ブルーノ・マーズ
今年2月に全世界リリースされた、通算4作目となる最新アルバム。全9曲、ゲストなし、そしてこのスリーブ(!)という簡素さの向こうに、ブルーノ・マーズのドヤ顔がのぞいて見える充実作。レイト’70年代調の先行シングル「I Just Might」はすでにチャート1位を獲得ずみだ。
文筆家。映画、音楽雑誌など複数の媒体で執筆。大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1~3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。