『マテリアリスト 結婚の条件』(2026年)
“好き”だけで結婚できたら苦労しない――。恋愛も結婚も市場化された現代で、人は何を条件に誰を選ぶのか。そして、そのなかでロマンスは成立するのか。ジェーン・スーと高橋芳朗が語り合う。
【ネタバレ注意】こちらの記事は紹介作品のネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。
STORY
“好き”だけでは結婚できない時代
――『プラダを着た悪魔2』に続き、新作映画です。今回は結婚をテーマにした作品ですが、いかがでしたか?
高橋芳朗(以下、高橋):評判に違わぬ傑作だと思います。数々の名作ロマンティックコメディの舞台になってきたマンハッタンを使いながら、“2020年代のいま、どうやってロマンスを成立させるのか”に真正面から向き合った映画、という印象を受けました。昔みたいに“運命の出会い”だけでは話を進められない時代に、それでもなおロマンスを描こうとしているところがすごくおもしろかったです。『パスト ライブス/再会』のときも感じたけど、セリーヌ・ソン監督は合理性や条件だけでは割り切れない感情を最後まで信じようとしている人なんだな、と改めて思いました。
ジェーン・スー(以下、スー):ラブコメ映画だと思って観に行くと、足元をすくわれるタイプの作品ですね。セリーヌ・ソン監督らしく映像も品があってすごく美しいんだけど、そこに描かれているものは“恋愛や結婚はケミストリーが引き起こすものではなく、資本主義社会の中で市場化された人間の価値を等価交換する行為でもある”というかなりシビアな現実。マッチングビジネスそのものを描いている作品だから当然ではあるんだけど、予想以上に容赦がなかったわ。
高橋:『パスト ライブス/再会』は時間と距離が愛を阻む話だったけど、この映画で愛を阻むのはお金と条件という、より即物的なもの。テーマは変わっているのに、どちらも観終わったあとの余韻がよく似ている。シビアな現実を描いたうえで、それでも説明できない感情が残る、という。
スー:相手のスペックがどうこうと気にするくせに、結局人は徹底的には打算的になれない。それが幸せなことなのか、そうではないのか、最後まで断定しないところがよかったとも言える。少なくとも、「やっぱりラブだよね!」というシンプルなハッピーエンドではなかったように思います。
――“好き”だけでは結婚できないし、かといって条件だけでも割り切れない。そのリアルさがかなり刺さりました。ニューヨークでも日本でも、婚活市場はあまり変わらないんですね。
スー:婚活市場は世界中どこも同じで、結局はスペックのすり合わせなんだよ。そういうセリフもあったよね。結婚は昔もこれからも、ずっとビジネス・ディールだって。
高橋:条件を並べることへの後ろめたさが、昔よりずっと薄れている気がする。マッチングアプリで当たり前になったせいか、むしろ条件を明示しないほうが非効率、みたいな空気すらある。
スー:条件闘争という意味では昔から存在するお見合いと本質的には同じなんだけど、いまはより“マテリアリスティック(実利主義的)”になっているよね。昔のお見合いは当人同士の恋愛感情をベースにしたものではなく、家柄や経済力、条件の釣りあいが見合うことが大前提。リストにできるような条件のつり合いと、目に見えぬ恋愛感情って、そもそも相性があまりよくないんだろうな。それにしても、今作はとにかく刺さるセリフがたくさんあったね!
高橋:あったねー。「なんで人は結婚するんだ? しきたりだから。寂しいから。夢を見るから」というセリフからして、もうぐっとつかまれる。それから「愛がないんじゃない。お金がないの」「自分に価値があると思わせてくれる」「奇跡は求めていない。誰かを愛したいだけ」。どれも一言で登場人物の切実さが伝わってくる。「5年目の記念日にテイクアウトでOKの女じゃない。嫌われて当然よ。私も自分が嫌い」なんて、ルーシーの自己矛盾がまるごと凝縮されている感じで。
スー:「誰をパートナーにするか……それで私たちの人生のすべて、そしてどう生きるかが決まるの。1年、2年、10年のことじゃない、永遠にね」。あと、さっきも言った「結婚はビジネス・ディール。昔からずっとそう」っていうルーシーのセリフ、これは強烈だった。大富豪ハリーの「僕は、このゲームの仕組みを理解している人を探している(=I'm looking for someone who understands the game.)」という言葉も重い。“the game”って、恋愛市場や階級、資本主義のことで、愛ではないんだよ。
高橋:そのハリーのセリフと対照的なのが、ルーシーと彼女の元カレのジョンが再会したときの会話で。「昔と変わらないね」「フラれた頃とは変わっていたい」。ゲームのルールなんて関係ない、というジョンの素朴さがにじみ出ていて胸に刺さる。
スー:ヨシくんは、なんやかんやロマンチックなセリフを出してくるね。私はシビアなほうが記憶に残ったよ(笑)。
市場価値で人を愛せますか?
高橋:ハリーVSジョンの構図で見ちゃったところはある(笑)。ハリーは合理性が支配する現代のリアルの体現者で、ジョンは旧ロマコメ的価値観の体現者、という感じがしたな。ジョンって昔のロマコメのヒーロー像に近いんだよね。そのぶんロマンチックに見えるし、同時に現代では少し浮いて見えてしまう。
スー:そうね。でも、その“合理的な現代”を体現しているはずのハリー自身も、完全にはそこに乗り切れていないんだよね。「そうするべき」と強烈に思っているだけで。彼の抱える秘密がわかったときは胸が痛かったよ。彼もまた、自分自身を市場化していたんだ、と。
高橋:あのシーンはすごかった。ハリーのことを終始“条件を使いこなす側の人間”だと思って見ていたから、あの瞬間に一気にひっくり返される。しかも序盤でルーシーが結婚相談所の上司と話していたことが、ちゃんとフリになっているんだよね。セリーヌ・ソン監督の脚本の巧みさを感じた場面でもあった。
スー:そうそう。あの伏線の回収は見事だった。結婚では資産、美しさ、若さなど“市場価値のある”とされているものがものを言う一方で、その土俵に上がれば、自分自身も市場価値を査定されることになる。つまり、誰かを値踏みするつもりが、自分も値踏みされて傷つく。その現実を学ぶのが婚活なのかもしれないと思いました。いやぁ、えぐい! 相手に求める最低条件のことを“ベアミニマム(必要最低限)”って表現していたのも象徴的だった。
高橋:“ベアミニマム”って言葉、象徴的だよね。必要最低限しか求めない、という冷徹さが画面にも滲み出ていて。全体的にスタイリッシュでありながらも冷たくて空虚な映像で、演技もすごく抑制的。感情を爆発させるようなシーンがほとんどない。「ダコタ・ジョンソンって、こんな話し方だったっけ?」と思うくらい。その中で、ジョンの生活だけが唯一人間味のある描き方になっているのが際立っていたね。
スー:ジョンだけが生身の人間として描かれているんだけど、同時に寓話的すぎる存在でもあるよね。夢を追い続けているから貧乏、みたいな。人生がうまくいっているとは言えないし。現代社会では“マテリアル”を獲得することに邁進しない限り、生活はよくならないという厳しい現実の象徴がジョンでもあって、そこはなかなか抉られました……。
高橋:ジョンは卑屈なセリフも多かったしね。でも、その卑屈さって資本主義のゲームに乗れない人間のリアルな反応でもあると思うんだよね。それが痛い。昔のロマコメだったら“夢を諦めない魅力的な男”として成立していたキャラクターだと思うんだけど、ここではそのロマンチックさと生活能力の危うさが両方ちゃんと描かれている。そこがすごく現代的だった。そういえば、ルーシーが感情的になる場面もあって。回想シーンの駐車場でジョンと喧嘩するところ。あの場面だけ映画全体のトーンから少し外れたような熱量があって記憶に残ってる。
スー:あそこくらいだよね、ルーシーが感情的になる場面って。ジョンと一緒にいるときだけなんだよ、ルーシーの心のうちが露わになるのは。普段は損得勘定メインで動いているから、感情を表に出すこと自体が“損”になってしまうんだろうけど。でも本当は、ルーシー自身もジョン側の人間だったんだよね。
高橋:ルーシーももともとは役者志望だったからね。夢とか情熱を信じていた人が、現実を生き抜くために少しずつ“市場のルール”を内面化していった感じがある。ジョンに対して単純に見下しているわけではないんだと思う。昔の自分を見てしまう痛みというか。だから、ジョンと一緒にいるときだけ感情が抑えきれなくなる。惹かれるし、同時に怖い。その揺れが、この映画のいちばん切ないところかもしれないな。
スー:そうそう。そこから結婚相談所の敏腕カウンセラーになるって、かなりの転身だよ。このままじゃダメだ、という思いが相当強くなって、人生の価値観を宗旨替えしたんだろうな。理想にぴったりの相手がみつからないと注文の多いクライアント(結婚相談所の会員)に対して、「私があなたに見つけてあげられる精一杯の相手は、これからの50年間、あなたがなんとか我慢できて、少しでもあなたのことを気に入ってくれる男性です」って、静かにハッキリ言ってたね。
高橋:あの一連はすごかったね。でも、あれってクライアントに憤っているだけじゃなくて、“人間を条件だけで選ぼうとすること”そのものへの怒りにも見えたんだよね。毎日ずっと市場原理の中で人を査定し続けてきた人が、限界を迎えた瞬間というか。
スー:クライアントたちはみんな、好き勝手なことを言ってたね。「大人の女性がいい」と言いながら、結局は20代じゃないと嫌だと言い出す48歳の男性とか。自分を棚に上げる人たちばっかり出てくる。思ったんだけど、これって前にヨシくんと私で考えていたラブコメ映画と本質的には同じ話だよ。内輪の話ながら、ちょっと震えました(笑)。私たちが考えていたのは、人材派遣会社のカウンセラーが主人公だったけど。自分のスキルを棚に上げて、労働条件や処遇、仕事内容に文句ばかり言う求職者にうんざりする場面あったもの。あれ2013年に考えていたんだよ(笑)。
高橋:10年以上早かったか……中盤以降の展開とかかなり近いよね(笑)。
スー:うん、ほぼ同じ。まだ作品にはなっていないので、この連載を読んだ映画会社の人は連絡してきてほしいです(笑)。でも、それってつまり、この10年で状況が変わっていないどころか、むしろもっと苛烈になっているということでもある。
高橋:ただ、僕たちが考えた物語より『マテリアリスト 結婚の条件』のほうがロマンティックだとは思う。セリーヌ・ソン監督って、やっぱりなんだかんだロマンスを信じている人なんじゃないかな。状況がどれだけ苛烈になっても人は完全には打算的になれない、ということを描き続けている気がして。それがこの監督の一貫したテーマなのかもしれない。
スー:『パスト ライブス/再会』もそういう話だったからね。というか、監督自身はロマンスを信じたい。でも、現代ではロマンスに賭けるのがすごく難しくなっている。そのことを、手を変え品を変え、描こうとしているのかなって思った。
高橋:音楽の使い方にもそれが出ていて。オープニングのキャット・パワー「Manhattan」がニューヨーク・ロマコメ的な憧れをまず呼び込んでおいて、その気分ごと内側から崩していく構造になっているんだよね。だから余計に苦い。ジョンの日常を切り取ったシーンで流れるハリー・ニルソンの「I Guess the Lord Must Be in New York City」も効いていて、かつてのロマコメのヒーローそのものであるジョンにニューヨーク讃歌を当てることで、この街が持っていたロマンスの面影みたいなものが浮かび上がってくる。この曲は『ユー・ガット・メール』(1998年)の挿入歌でもあったしね。
スー:あー! そうだったね! 懐かしい。
高橋:音楽は語りどころがたくさんあって。ジョンがカーステで流すジョニー・サンダースの「You Can't Put Your Arms Around a Memory」は、記憶には手が届かない、抱きしめることができない、という内容で、ルーシーとの思い出の曲として使われているのがなんとも絶妙で。チークダンスの場面で流れるベイビー・ローズによるジャズスタンダード「That's All」は、お金でも条件でもなく、ただ存在することを差し出すというジョンの在り方そのものを体現している曲。エンドクレジットのジャパニーズ・ブレックファスト「My Baby (Got Nothing at All)」も同じで、"私の彼は何も持っていないけどすべてをくれる。お金があれば安心できるの? 恋人が無一文になったとき、彼の手元に残るのは私だけ。それって素敵じゃない?"という歌詞で、条件や市場価値とは無縁のところで愛を肯定している曲なんだよね。この選曲を見ても、監督が条件や打算の外側にあるロマンスを手放さずにいることはまちがいないと思う。
条件で選ぶ恋愛、その先に残るもの
スー:ルーシーの仕事って、“運命の相手”を見つけるんじゃなくて、クライアントに現実を見せて、どう折り合いをつけるかを説得する仕事なんだよね。受験校を決めるのと少し似ているんだけど、婚活では人間の価値を偏差値みたいに明確に数値化できないから、どうしても理想と現実のバランスが崩れていく。作中にはかなり強烈なクライアントがたくさん出てくるけど、あれも極端な話ではない気がしたな。
高橋:収入や年齢はともかく、女性たちが身長にあれだけこだわるんだ、というのは意外だったな。いろいろ調べていたら試写会レポートが出てきて、会場の女性に「ハリーとジョン、どちらを選ぶか」アンケートを取ったら9対1でハリーが圧勝だったらしい。
――結婚するなら……やっぱりスペックが充実しているハリーを私も選びます(笑)。
高橋:“好き”だけで全部を乗り越えられる物語を大量に浴びて育ってきたからなあ……厳しい(笑)。昔のロマコメって、お金も条件もないジョンみたいな男が最後にヒロインの心をつかむ、という話が多かったじゃないですか。その刷り込みがあるから、頭ではハリーを選ぶべきだとわかっていても、どこかジョンを応援したくなってしまう。
スー:ジョンと大喧嘩していた過去のシーンで、「あなたが貧乏だからっていう理由で嫌いになりたくない。でも、今は嫌い。高慢な自分自身が嫌になるの」というルーシーのセリフがあるんだけど、あれは本当に核心を突いていると思った。お金がすべてではないけれど、お金で解決できてしまうことが多すぎるから。
高橋:「あなたが貧乏だから捨てた。いつも計算してる」っていうセリフもあったよね。ルーシーが自分自身を突き放すように言う場面で、あの冷徹さがかえってリアルだった。打算を否定できない自分への怒りが透けて見えるというか。
スー:ただ、ジョンは単純にお金がないというより、“無計画”なだけなんだよね。資本主義社会のルールを理解しようともしないまま、やみくもに体制に反発しているだけに見える部分がある。ルーシーはそこが納得できなかったんじゃないかな。だから、あの時のルーシーを「性格が悪い」と責める気にはなれない。若かりし頃のルーシーは、その場しのぎの生き方をしているパートナーと人生を共にすることへの不安が大きかっただけでしょう。婚活中の人が観るとかなり食らう映画だとは思うけど、でも一度は観て食らったほうがいい作品でもある気がします。この映画って、“愛か条件か”という話ではないんだよ。本質的には、自分という存在を市場化するのか、しないのかという話。
高橋:しかもエンドクレジットのシーンが、シティホールの市役所でふたりが婚姻届の書類に記入している、という。防犯カメラ視点で、周りには同じように手続きをする無数のカップルがいる。セリーヌ・ソン監督自身もシティホールで結婚したそうで、「世界で最もロマンティックな場所であり、最もロマンティックではない場所」と語っているんだけど、まさにこの映画そのものを体現しているような場所だよね。結婚って、究極的にはすごくロマンティックな感情の話であると同時に、ものすごく事務的な制度でもある。その両方から最後まで逃げなかった映画なんだなと思った。
スー:そうそう。“市場化”って、本来は値段のつかないものを、競争原理の中で価値化していくことじゃない? この映画が描いている怖さって、まさにそこにあると思う。人を好きになることや、誰かと一緒に生きることまで、条件や市場価値をベースに査定されていく。その土俵に自分は上がるのか、上がらないのか。もし上がるなら、自分は何を差し出すのか。そこまで突きつけてくる映画だった。
――男女問わず、婚活中の人には観てもらいたい作品ですね。観ると婚活したくなくなるかもしれませんが……。あと、ファッションが素敵で印象に残ってます。
高橋:絵作りは終始スタイリッシュだったよね。さっきも話した音楽の使い方も含めて、画面と音が一体になって独特の空気感を作り出している。テーマはシビアなのに、観ていてずっと心地よい緊張感があるというか。
スー:隅から隅までおしゃれだったねぇ! 『パスト ライブス/再会』と同じく、どこを切り取っても絵になる。扱っているテーマはかなりシビアなんだけど、画面にはずっと品があるんだよね。だからこそ、観ている側も最後まで突き放されずに、この物語に付き合えるんだと思いました。
作品情報
『マテリアリスト 結婚の条件』
監督・脚本:セリーヌ・ソン
出演:ダコタ・ジョンソン、クリス・エヴァンス、ペドロ・パスカル
製作:2025年(アメリカ)
Copyright 2025 © Adore Rights LLC. All Rights Reserved
2026年5月29日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー
『マテリアリスト 結婚の条件』公式サイト
PROFILE
東京生まれ東京育ちの日本人。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」、ポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THE SUN』」のパーソナリティとして活躍中。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮文庫)、『私がオバさんになったよ』(幻冬舎文庫)、『これでもいいのだ』(中央公論新社)、高橋芳朗との共著に『新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない 愛と教養のラブコメ映画講座』(ポプラ社)、『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』(文藝春秋)など多数。
東京都出身。著書は著書は『マーベル・シネマティック・ユニバース音楽考~映画から聴こえるポップミュージックの意味』(イースト・プレス)、『新しい出会いなんて期待できないんだから、誰かの恋観てリハビリするしかない~愛と教養のラブコメ映画講座』(ポプラ社)、『ディス・イズ・アメリカ~「トランプ時代」のポップミュージック』(スモール出版)、『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)、『生活が踊る歌~TBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」音楽コラム傑作選』(駒草出版)など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』などがある。