仕事中毒の女と熱狂的なレッドソックスファンの男。お互い譲れないものがある者同士の恋愛に“あるある”を見る。
2番目のキス
ーー2005年公開の作品『2番目のキス』です。いかがでした?
ジェーン・スー(以下、スー):序盤、ちょいと端折りすぎかなと思ったけど、途中からドライブかかって、最終的にはかなりグッときました! ラブコメらしいラブコメ映画。
高橋芳朗(以下、高橋):監督は『メリーに首ったけ』(1998年)や『いとしのローズマリー』(2001年)でおなじみのファレリー兄弟。彼らが撮るラブコメは奇を衒ったものが多いけど、これは比較的穏当な作品といえるだろうね。では、まずはあらすじを。「数学教師のベン(ジミー・ファロン)は、生徒と共に社会見学として訪問した会社でバリバリ働くリンジー(ドリュー・バリモア)に一目惚れ。一介の小学校教師とキャリアウーマンということで住む世界が違うように思えたが、ベンが体調を崩したリンジーを介抱したことがきっかけで交際がスタート。順調に関係を深めていくなか、ベンがボストン・レッドソックスの熱狂的なファンであることが判明してから徐々に問題が生じていく…」というお話。これはニック・ホーンビィの自伝的小説『ぼくのプレミアライフ』が原作なんだけど、舞台をイギリスからアメリカに移したことに伴って主人公の設定もアーセナルFCのファンからレッドソックスのファンに変更したんだよね。
スー:なるほど。イギリスでサッカーとなると、また熾烈そうだね!
高橋:ちなみにイギリスでは1997年にすでに原作と同じ『ぼくのプレミアライフ』のタイトルで映画化されている。こちらの主演はなんとコリン・ファース!
スー:おお、それは観てみたい! この連載で紹介した『15年後のラブソング』(2018年)もニック・ホーンビィ原作だったよね。ウェルメイドな恋物語を書かせたら右に出るものはなかなかいないわね。
高橋:『ハイ・フィデリティ』(2000年)だったり『アバウト・ア・ボーイ』(2002年)だったり、ニック・ホーンビィ原作の映画化作品には基本ハズレがない印象だけど…これはどうだった?
「私、軽蔑すべき人間になってるわ。恋人ができた途端、自分の生活が消えるタイプ。今は仕事に集中しなくちゃ」ーーリンジー
スー:物語について気になったところを先に挙げちゃうね。私が最初に乗り切れなかったのは、リンジーがベンのことを好きになるきっかけが若干安易だったところ。「デキる女」のリンジーが食中毒になり、弱る。それを、リンジーに若干引け目を感じていたベンが介抱する。冒頭でいきなり立場の強弱が逆転して恋が始まるわけ。女が強いままでは恋が始まらないってのは、ちょっと前時代的。ありきたりな流れというだけでなく、ベンが最初のデートでリンジーの家に泊まる設定もちょっと気になった。介抱のためとはいえ、さすがに無理があるかと。
高橋:確かに。リンジーはグロッキー状態だったとはいえ、いきなりベンを家に入れるばかりか着替えまでさせてもらうわけだからね。そのベンも調子に乗ってリンジーの下着で悪ふざけしたりする始末(苦笑)。
スー:ね。まだアップデートされていない時期だから半分目をつぶって観てたけど。ではなぜ後半からグッと引き込まれたかと言うと、お互いが惹かれ合う様子や反目し合う様子が丁寧に描かれていたから。細かいエピソードがやけにリアルじゃなかった?
高橋:リンジーがこれまで交際してきた相手はエリートばかりだったわけだけど、みんなキャリアウーマンである彼女のワーカホリックぶりを良しとしていなかった。そんななかでリンジーの立場を尊重して仕事にも理解を示すベンに彼女が強く惹かれていく過程はすごく自然だったよね。ただ、ベンが「これまでの彼氏とまったく違う」のはポジティブな面ばかりではなくて。なにせ彼のクローゼットはレッドソックス一色でまともな服は一着もない(笑)。リンジーの親に会いに行くとき、ふざけてアホな格好で登場してきたベンに対する彼女の複雑な表情に注目してほしいな。このシーンにも象徴的だけど、ベンは振る舞い自体が子どもじみてるんだよね。
「今週末はまずいんだ。身動きが取れない。あと、2試合勝てば首位だ。週末はマリナーズと対戦。彼らについてないと」ーーベン
高橋:自分も含めてなんだけど、音楽業界にいるとベンのような大人になりきれない男は結構多い。さっきのベンの服装にちなんでいうと、かつて「冠婚葬祭もすべて普段着」なんてラップしていた人もいるぐらいだし(笑)。
スー:と同時に、ベンがリンジーの努力を「当然」と捉え始めたことも重要。相手に合わせること以上に「恋愛あるある」だよね。ここからさらに暗雲が立ち込めはじめるわけで。そういえば序盤にリンジーが『アニー・ホール』(1977年)を好きな映画として挙げてたじゃない? パートナーと別れてから「本当に好きだったんだ」と気付く男の話。あれが後半効いてきたと思った。離れ離れになってからのベンの落ち込みようといったらないもの。ベンは盛り返そうとして今度は自分が無理めに頑張った。
高橋:その結果、めずらしくリンジーの友達の誕生パーティについて行ったらレッドソックスの歴史的な逆転劇を見逃すというね。パーティから帰宅したベンはリンジーに「僕の人生で最高の夜」なんて言うんだけど、その直後にレッドソックスの試合結果を受けて取り乱した挙句、彼女に「君に23年間も夢中なことなんてあるか?」とぶちまけてしまう。
スー:「君よりレッドソックスを愛してる」と言っているのと同じだもんね。ベンの暴言を受けて、リンジーは言うわけよ、「私はとても傷ついた。心の奥の何かが閉じてしまう」って。あのセリフには非常に共感しました。「閉じる」という感覚ね。もう何を言われても無駄。
高橋:心の奥の何かが閉じてしまう…うん、あれはめちゃくちゃ刺さるセリフだった。また相手の心が閉じてしまったときって表情一発でわかるんだよね…取り返しのつかなことをしてしまった! って。
スー:確かに。それにしても、デキる女が食中毒になって献身的に助けてくれた男に惚れる、というテンプレからスタートしてよくここまで持ってきたな。
高橋:贔屓のチームの歴史的勝利を見逃すという山場の作り方はベンの試金石として絶妙すぎる。リンジーも無理についてこないでいいって言ってたのにさ。
『2番目のキス』
監督:ファレリー兄弟出演:ドリュー・バリモア、ジミー・ファロン、ジャック・ケーラー、アイオン・スカイ
公開:2006年7月8日(日本)
製作:アメリカ
Photos:AFLO