『ケアの社会学 ――当事者主権の福祉社会へ』
仕事がなくなっても
「働くこと」はなくならない
賃労働がなくなっても、「働くこと」がなくなるわけではない。例えば家事。家族の「世話」。そして介護。誰かが給料を払わないだけで、身の回りの誰かの身体を支え、食卓を整え、不安を聞き、生活をつなぐ営みは、今日も世界の至るところで続けられている。上野千鶴子『ケアの社会学』は、賃労働の外側に放置され、あるいは低く値づけられてきたケアを、「善意」や「家族愛」の名で片づけず、当事者のニーズを中心に組み直す。
本書は、ケアを「受けるもの・されるもの」から「行うもの・選び取るもの」へ反転させる。介護家族の家族会では、孤立した家族が情報と感情を持ち寄り、専門職に丸投げするのではなく、自分たちに必要なサービスを見極め、交渉する。シングルマザーの地方移住支援では、住まい、仕事、子育て環境など、母親自身が人生の条件を選び直す。宮城県丸森町のような地域コミュニティでは、住民が交通、買い物、福祉を組み合わせ、高齢者が「運ばれる人」ではなく、暮らしの仕組みを設計する当事者になる。
ケアとは単に「弱者を助ける」行為ではない。「依存を恥じない社会」をどう設計するかという、もっと根源的な問いである。人は誰でも、子どもとして生まれ、老い、病み、誰かの手を借りる。自立とは、誰にも頼らないことではない。必要なときに、必要なケアを、必要な形で選べることだ。
何を仕事と呼ぶのか。制度は当事者の選択肢を増やしているか。テクノロジーはケアする人を監視するためでなく、ケアされる人の自由を広げているか。地域は相互依存をデザインできるか。そして私たちは、どこから参加できるのか。本書の視点に重ねれば、こうした実践は問いへの入口になる。
「働かないこと」の先にあるのは、何もしない社会ではない。賃金だけでは測れない働きが、ようやく正面から評価される社会だ。ケアは余白ではない。ケアこそ、社会の本体である。本書は、私たちにそう突きつける。支えられることを恐れず、支えることを私事に閉じ込めない。そのとき初めて、ケアは負担から主権へ変わる。
『ケアの社会学 ――当事者主権の福祉社会へ』
上野千鶴子著
太田出版 ¥4,400
家族愛や善意に押し込められてきた介護・家事・世話を、社会を支える労働として捉え直す。ケアする側ではなく、ケアを受ける当事者のニーズから制度と関係を組み直すことで、「依存」を恥ではなく人間の条件として引き受ける福祉社会を構想する。賃労働の外側にある支え合いを考えるための、強靱で実践的な思想の入口となる一冊。
正体不明の読書家。著者に『アイデア大全』『問題解決大全』(ともにフォレスト出版)、『独学大全』(ダイヤモンド社)、『苦手な読書が好きになる! ゼロからの読書教室』(NHK出版)などがある。