マニアも嬉しい情報量だけど
本書はビギナーこそ買いだ


 僕の本棚にはこの本が四冊ある。


 本書の原型は一九九七年の角川選書版。日本推理作家協会賞を受賞した。本文二六七頁。当初の副題は「ドラキュラからキングまで」。キングはスティーヴン・キングのことだ。のち双葉社から文庫化された。


 初版から五年後の二〇〇二年、増補版が角川ホラー文庫から発売された。本文四二九頁。この時点でかなり増量している。


 そして、初版からじつに二六年を経たこの夏、ここに紹介する「完全版」が刊行された。本文約七〇〇頁、もう完全にべつものだ。実物を手に取ったとき、ずいぶんとご立派になられて……と、まるで長年離れ離れだった若君に再会した家臣のような声が出てしまった。


 本書の効能は三つある。まず一八世紀英国ゴシック小説から三大モンスター(フランケンシュタインの怪物・吸血鬼・狼男)の物語や幽霊譚、クトゥルフ神話を経て、サイコサスペンス、ダークファンタジー、ゾンビなどここ数十年の動きにいたる英語圏ホラー小説の見取り図を提示してくれる。見通しが一気によくなる。


 ついで映画やゲームやグラフィックノベル、あるいはベルギー産ホラー小説など周辺領域との接点の紹介で視野が広がる。


 最後に、すぐれたブックガイドとして役立つ。巻末に置かれた四つのガイド(モダンホラー長篇・同中短篇・ゴシック小説・子ども向けの計二一〇タイトル)だけでなく、本文でも無数のホラー小説を親切に紹介し、この分野の多様さ、豊かさ、そしてバカバカしさの扉を片っ端から開けていく。読みながら、気がついたらネット書店であれこれ買ってしまっていた。


 書き下ろしの新章もあるが、さまざまな機会に書かれた記事や解説文が組みこまれているため、記述には重複も多いが、それがまた増築を重ねて迷宮化したゴシックな古城をさまようような味がある。


 圧倒的な情報量は一見マニア向け。でもブックガイド機能はむしろ、ホラー小説にちょっと興味あるんだけどどこから読んだらいいのか迷ってるビギナーにこそおすすめしたい。高い実用度を思えば本体価格四、四〇〇円はむしろお買い得です。


BOOK

『ホラー小説大全 完全版』
風間賢二著
青土社 ¥4,840

著者は1953年東京都生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業、早川書房勤務を経てフリー。本書の親本で日本推理作家協会賞を受賞。著書に『きみがアリスで、ぼくがピーター・パンだったころ』『怪異猟奇ミステリー全史』、編著に『天使と悪魔の物語』、翻訳にロバート・カークマン『ウォーキング・デッド』、スティーヴン・キング『ダーク・タワー』シリーズ、ジョン・アップダイク『終焉』など多数。


千野帽子
文筆家、俳人。パリ第4大学博士課程修了。著書に『人はなぜ物語を求めるのか』『物語は人生を救うのか』(ともにちくまプリマー新書)など、共著に『東京マッハ』(晶文社)。


Photo:Kaho Yanagi

SERIES

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