マジすか?
これが古典なんですね


 弟のスサノウが大暴れして狼藉を働き、あらゆるものを破壊してるという部下の報告を受けた姉アマテラスのリアクションが「マジですか?」。それに対する部下の返答が「マジです」。


 町田康の『口訳 古事記』は全編こんなヤンキーテーストの超絶現代語訳で物語が展開していきます。


 オオクニヌシの兄たちは、「ムカつくから弟を殺しちゃお」。全国統一のために大和を目指す大王は兵士たちに対して「言うこと聞かないやつがいるから、ちょっといってどつきまわしてこい」。万事がこんな調子です。


 古事記はイザナギ、イザナミ兄妹から始まる神話時代から推古天皇の時代まで、大和朝廷の成立のヒストリーを稗田阿礼が暗誦し、太安万侶が編纂した書物…なんて日本史の教科書で覚えた読者も多いと思うけど、キャラが立った神々を主人公にした日本最古のドラマとして読んでみると、俄然面白くなる!


 古事記に出てくる神々は感情丸出し。情熱的で、時におバカで、女々しくて、そして何よりおおらか。とても人間臭いんです。冒頭に紹介した神々の言葉を見たらそう思うでしょ?


 そして、この日本最古の物語には恋愛、嫉妬、友情、忠誠、別れ、裏切りなどなど、後の文学や映画が取り上げる人間ドラマのプロットが全てちりばめられているんです。


 豪族同士がしばきあうさまは、「ゴッドファーザー」におけるファミリー同士の血で血をあらう抗争そのものだし、東征の軍を進める神武天皇が強烈なパワーを秘めた剣を授かる場面なんかは完全に「ファイナルファンタジー」だし。


 僕は広告やコンテンツを作るためにいつも新しいストーリーを求めているんだけれど、ほとんどのプロットは既に古典に描かれているんですね。それは、歌舞伎を見に行っても感じることです。


 そんな濃厚な物語の原液を、ヤンキー感覚の日本語で読めるなんて、難しそうだと敬遠しがちだった古典にトライするいいチャンスかもしれませんよ。


BOOK

『口訳 古事記』
町田康著
講談社 ¥2,640

イザナギとイザナミが日本の国土を作る「国生み」の物語、アマテラスの天岩戸隠れやスサノウが巨大蛇ヤマタノオロチを退治した伝説など、きっと一度は聞いたことがある世界の始まりのドラマが超絶現代語で2023年の日本に降臨。それは男女の恋愛のドラマでもあり、天皇の帝位を狙う争いのドラマでもあり、町田康の口訳が我々の先祖の人間臭さを強調してくれる。


嶋 浩一郎

1968年生まれ。博報堂ケトルクリエイティブディレクター、編集者。本屋B&Bの運営にもかかわる。著書に『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』『アイデアはあさっての方向からやってくる』など。


Photo:Kenta Sato

SERIES

「未知への扉」の記事一覧

口訳 古事記_町田康著_講談社_カバー01

『口訳 古事記』 町田康著 |マジすか? これが古典なんですね【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

君のクイズ_小川 哲_朝日新聞出版

『君のクイズ』小川 哲著|これは思考のサウナ! 脳味噌ととのいます【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

ジジイの台所_沢野ひとし_レビュー

『ジジイの台所』沢野ひとし著|台所、それは瞑想の場であり、創造の場、かつ反省の場でもある【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場著_BOOKレビュー

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』麻布競馬場著|この心のザワザワ きっと誰もが思い当たるはず【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

成田悠輔_22世紀の民主主義_感想

『22世紀の民主主義』成田悠輔著|その手があったか! クリエイティブ発想の新教科書【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

『桑田佳祐論』スージー鈴木著 【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

『水上バス浅草行き」』岡本真帆著 【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス──50の麺論』青木健著【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

『喫茶店で松本隆さんから聞いたこと』山下賢二著【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

『発明は改造する、人類を。』アイニッサ・ラミレズ著【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】

『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』【BOOKレビュー 未知への扉|嶋 浩一郎】