2023.04.30

結婚を控えたカップルが直面する“家族問題”を考える【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座 #58『ユー・ピープル〜僕らはこんなに違うけど〜』】

当人同士の気持ちだけではうまくいかないこともある“結婚”。異人種、宗教、育ってきた環境etc。笑いの中にある深く考えさせられる問題にふたりは何を思うのか?

ユー・ピープル〜僕らはこんなに違うけど〜

――今回取り上げるのは、ネットフリックスオリジナル映画『ユー・ピープル 〜僕らはこんなに違うけど〜』(2023年)。今年の頭に配信がスタートされたばかりの新しい作品ですね。

高橋芳朗(以下、高橋):まずは簡単にあらすじから。「ロサンゼルス在住のユダヤ系青年エズラ(ジョナ・ヒル)とムスリムのアフリカ系女性アミラ(ローレン・ロンドン)はひょんなことから出会い、恋に落ちる。育ってきた環境も文化的背景もまったく異なるふたりだったが、結婚を決めて両家の顔合わせに挑むことに。ただ、アミラの父アクバル(エディ・マーフィー)は娘の相手には自分たちと同じ黒人がふさわしいと考え、一方のエズラの母シェリー(ジュリア・ルイス=ドレイファス)はアミラを快く受け入れつつも人種をめぐる不用意な発言を連発して空回り。そんな厄介な親たちのもと、はたしてエズラとアミラの結婚はうまくいくのだろうか?」というお話。設定としては異人種間の結婚をテーマにした『招かれざる客』(1967年)の現代版といったところだけど、結婚相手の親に気に入られようと奮闘する主人公の姿を描いたコメディということでは『ミート・ザ・ペアレンツ』(2000年)の異人種カップル版としても観ることができるよね。

ジェーン・スー(以下、スー):この連載でも取り上げた『ハピエスト・ホリデー −私たちのカミングアウト』(2020年)は『ミート・ザ・ペアレンツ』のLGBTQ版だったね。「わかりあえない可能性がある相手との衝突」から始まる設定は、割とラブコメ作品では定番かも。「相互理解までの道」を描くことで、物語を動かしやすいからね。

高橋:ユダヤ系のエズラとムスリム家庭で育ったアフリカ系のアミラの前には「異人種」と「異宗教」のふたつの壁が立ちはだかるわけだけど、エズラがヒップホップカルチャーにどっぷりつかっていることでまた話が複雑になってくる。

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スー:黒人女性の友人モー(サム・ジェイ)とヒップホップ文化のポッドキャストをやってるくらいだからね。ある種のヒップホップオタク。同時に、自身のユダヤ教コミュニティや会社のホモソーシャル的な付き合い方にはうんざりしてるっていう。 高橋:ただ、金融ブローカーということもあってそれなりに給料はもらってそう。いつもイケてるスニーカーを履いていたし、ファッションにはかなりお金をかけてる印象だったね。 スー:そんなエズラは最初のデートでアミラに「君が好きならそれでいい、誰も型にはめるべきじゃない」って言ってたじゃない? あそこがよかった。そこがアミラにとってエズラと恋に落ちるポイントだったっていうのがわかる。アミラはアミラで、自分の父親が象徴する家族観に疑問を持っていたからね。 高橋:アミラが初めてエズラと一夜を過ごした翌日の朝、「私は誰とでもセックスしない。だからこれからは嫌でもカップルだよ」ってちょっと遠回しにエズラの気持ちを確認するシーンがめちゃくちゃチャーミングだった。エズラのうれしそうなリアクションも含め、あのやりとり一発でこのカップルを応援したくなっちゃったな。 スー:あそこはふたりとも可愛いシーンだったね! アミラは衣装も髪型も、全部が全部素敵。真似したくなったわ。そんなふたりは、ちょっとしたいざこざはあれど、ふたりでいる限り全く問題のないカップル。けれど、ふたりの両親がね…。エズラの親は「寛容」なフリをしているけれど、失礼なことを立て続けにやっちゃう。心根は良い人たちなんだけど、自分とは異なる立場の人たちに対して本当に不勉強なの。結果、アミラや彼女の両親や友人に対して迂闊で不用意で無神経な発言や行動の連続。エズラの母シェリーは、アミラとアミラの家族に歩み寄ろうとするけど、ことごとく地雷を踏むんだよ。LGBTQ問題と人種差別問題を、不勉強なまま同列に語るのも良くないと思った。ユダヤ人であるエズラの家族は、自分たちにはホロコーストという歴史があることを持ち出したり、エジプトで奴隷だった自分たちの祖先を「奴隷OG」と茶化して場を和ませようとするけれど、現時点での差別構造が是正しがたい社会的不均衡を生んでいるアメリカ社会で黒人ファミリーにそれを言うのは迂闊すぎる。その度にエズラとアミラが肝を冷やすというね。


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高橋:アミラとスパに行ったときの受付のスタッフに対するあまりに過敏な対応だったり、シェリーの余計な一言にはいちいちヒヤヒヤさせられたよ。アミラが「本を読もうがドキュメンタリーを見ようが私のことは見ていない。お飾りの黒人の義理の娘ってだけ」と苛立つのも当然。シェリーは初対面の時点でエズラから「アミラを僕の恋人ではなく黒人として扱っている」と注意を受けていたのにね。 スー:アミラの父親アクバルはアクバルで、意地悪すぎるのよ! エズラが失敗したり恥をかいたりして娘を落胆させるのを手ぐすねを引いて心待ちにしていたし、エズラの欠点を執拗に探してた。Nワード(黒人に対する差別用語。黒人以外が口にするのはアメリカ社会で絶対的に許されない)がタイトルに入っている曲、Jay-Zとカニエ・ウエストの「Ni**as in Paris」をわざとエズラに言わせようとしたり。 高橋:そのシーンがまさにそうだけど、この映画はラブコメディ史上最もヒップホップリテラシーが求められる作品かもしれない(笑)。 ――私はヒップホップの知識が乏しいので…事前に調べておいた方がもっと楽しめたんですかね? スー:知識がなくても楽しめる構造にはなってるから大丈夫。知っていたら、クスリと笑えるところが増える感じかな。
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高橋:映画の序盤、エズラとモーがドレイクのアルバムで恋愛を語るシーンとかね。なかなか恋人ができないエズラに対してモーが「そんなにガールフレンドを欲しがるのは『Views』の頃のドレイクぐらい。ユダヤ人の体の奥底から『Certified Lover Boy』を出せ!」と煽ったら、エズラが「『Certified Lover Boy』のドレイクなんて無理。いまの僕は『Take Care』のドレイク。イタリアンレストランでコーシャワインを飲んでいつ幸せになれるのか考えてる」って切り返すくだりなんかは最高。これは各アルバムのジャケットを確認するだけでもふたりが言っていることのニュアンスは伝わるんじゃないかな? それからエズラがアミラを実家に連れて行ったときに父親のアーノルド(デイヴィッド・ドゥカヴニー)が彼女へのおもてなしとしてジョン・レジェンドの「Ordinary People」をピアノの弾き語りで披露するんだけど、ジョンが現地でどのように受け入れられているかが垣間見えるシーンだったね。 スー:作品から黒人の苛酷な歴史を感じさせず、かつ白人に後ろめたい思いをさせずに楽しませるエンターテイナーとしてジョン・レジェンドが認知されているんだなということが推測できるよね。 高橋:この流れで言わせてもらうと、ヒップホップ好きとしてはオッド・フューチャーのトラヴィス・ベネットとシティ・ガールズのヤング・マイアミがアミラの友人役で出演しているのもうれしいところ。あと監督のケニヤ・バリスは昨年「First Class」の全米ナンバーワンヒットを放った白人ラッパーのジャック・ハーロウ主演で1992年のスポーツコメディ映画『ハード・プレイ』(原題『White Men Can’t Jump』)のリメイク版を撮ったみたい。やっぱり人種問題を題材にしたコメディが得意な人なんだろうね。 スー:それは熱い! 映画で言えば、ヒップホップ映画『ジュース』(1992年)の話題もよく出てたね。タイトルが出てくるだけでも、アラフォーやアラフィフのヒップホップ好きにはたまらない場面じゃない?  高橋:うん。エズラ役のジョナ・ヒルが90年代ヒップホップに対して深い思い入れがあることは彼の初監督作品『mid90s ミッドナインティーズ』(2018年)からもよくわかるけど、エズラのキャラクター造形にはジョナの実像が割と強く反映されているのかもしれないね。


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スー:そうそう、アクバルのひどいシーンをもうひとつ思い出した。エズラを黒人が多いバーバーショップに連れて行く場面! あそこはアメリカの2大カラーギャングの一つクリップス(青を象徴としたカラーギャング)が仕切っているであろう地区で、そんなところに赤いフーディを着たエズラを連れて行ってさ…。赤は敵対ギャングのブラッズの象徴カラー。場合によっては射殺されちゃうよ! ひどい義父だよ! 高橋:アクバルの初登場シーンのBGMはブラック・パワーを象徴するジェイムズ・ブラウンの「The Payback」、さらにフーディーには「FRED HAMPTON WAS MURDERED(フレッド・ハンプトンは殺された)」なんてメッセージがプリントされていて。ブラック・パンサー党(1960年代後半から1970年代にかけてアメリカで黒人解放闘争を展開していた急進的な政治組織)の指導者のひとりだったフレッド・ハンプトンはオスカーの作品賞にもノミネートされた『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』(2021年)でクローズアップされたばかりだけど、アクバルの手強さは彼が出てきた瞬間に理解できるよね。「この父親を説得するのは厳しすぎる!」って(笑)。 スー:徹頭徹尾そうだったね。それにしてもあんなに笑わないエディー・マーフィーは初めて見たよ(笑)。 高橋:字幕には正確に反映されていなかったけど、アクバルはパブリック・エネミーの「Fight The Power」に感化されてウッディから改名したってアミラにばらされてたね。アクバルの登場シーンにはコンプトンズ・モスト・ウォンテッドだったりDJクイックだったりトゥー・ショートだったりアイス・Tだったり、決まって1980年代〜1990年代初頭の西海岸ヒップホップが流れてくるのもOG感を際立たせる演出としておもしろかったな。 スー:だねだね。ドライブシーンでコモンもかかってたかな。私の大好きなシーン、エズラとアミラがベッドでイチャイチャしてる時には、H.E.R.が流れてキュンキュンしちゃった。
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高橋:ダニエル・シーザーとデュエットした名曲「Best Part」ね。歌物ではオリジナル版とチャイルディッシュ・ガンビーノとのデュエット版を見事に使い分けていたブリタニー・ハワード「Stay High」も良い選曲だったな。そしてまたまた流れてきたフランク・オーシャンの「Moon River」。『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』や『サムワン・グレート-輝く人に-』(共に2019年)など、ここ数年のラブコメ映画でやたらと重宝されてるね。 スー:確かに、そういう傾向あるかも。みんなフランク・オーシャンが大好きなんだね。 高橋:エズラはヒップホップカルチャーに精通していることの驕りなのか、アミラの両親との顔合わせの場としていきなり彼らをアフリカ系御用達のチキンフードチェーン『ロスコーズ』に招待してふたりを辟易させてしまう。「アミラを僕の恋人ではなく黒人として扱っている」とシェリーに忠告していたエズラも結局は彼女と同じ轍を踏んでいるという。 スー:エズラもエズラで脇が甘いんだよな。親睦の情を示そうとして、迂闊なことを言う。知らないことについて上っ面だけで褒めちゃったり好きだって言っちゃったりは昔の自分もあったから目&耳が痛かったな。 高橋:それは本当にそう。日本にいるとついつい油断しがちだけど、ヒップホップカルチャーやブラックカルチャーを語るときに気をつけなくちゃいけないことがこれでもかってぐらい徹底して描かれてる。


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スー:うん。背景をきちんと理解していないと、敬意は払えないってことよね。属性にばかり目が行くと個人が見えなくなって仲良くなれないよというメッセージはあるんだけど、それだけで終わらないところがよかった。途中でふたりが気まずくなって、やっぱり「続けていくのは困難だ」となったあたりのエズラとアミラ。あの気まずさというか重い空気はずしんときたね。「まあ、そうだよね…そうなるよね…」と。そしてエズラがポッドキャストで放つ、「黒人と白人となると愛だけでは無理だ。外的要素が多すぎる。友だちも家族も理解できないものは受け入れられない。僕らはふたつの世界に住んでいて逃げ出せない」の発言。対立が起こるのはお互いの歴史について不勉強だからではあるものの、現実問題として一朝一夕でどうにかなることではないという現状認識もしっかり入れてきてる。 高橋:エズラはこんなことも言ってたよね。「僕はヒップホップで育った。違う世界の現実には対応できなかった。常によそ者だ。だから理不尽なことだけど、好きなものがあって共有したくてもしないほうがいい」って。 スー:あれは悲しかった。「共有しない方がいい」って言葉にズシンときたよ。それを受けてモーが「この国の黒人にとって白人は浮気者。私たちは諦めの悪い女。忘れたくても過去と現在の仕打ちを忘れられない」って言ってた。あそこにもズシンときたけど、他国に住む私がズシンと来ていいのかなとも思ったり。まあ、あそこまでリアルな心情を吐露したら、最終的にはラブコメ映画お得意のご都合主義で回収するしかないよ。これがラブコメ映画で本当によかった。当人同士だけなら問題ないカップルが、外圧に負けそうになったけど、やはりそれはよろしくないよというメッセージなのかな。 高橋:結論としては「人を見てくれ」ということなんだろうな。強引にゴールに駆け込んでいくような幕引きがラブコメすぎて笑っちゃったけど、いまラブコメディで扱う意義のある題材だとは思うし、まちがいなく観てよかった一本だね。

『ユー・ピープル〜僕らはこんなに違うけど〜』

監督:ケニヤ・バリス
脚本:ジョナ・ヒル、 ケニヤ・バリス
出演:ジョナ・ヒル、ローレン・ロンドン、エディ・マーフィ、ジュリア・ルイス=ドレイファス
製作:アメリカ

Netflix映画「ユー・ピープル ~僕らはこんなに違うけど~」独占配信中

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化。近著は大人気ポッドキャスト初の公式ファンブック『OVER THE SUN 公式互助会本』。TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。

Composition&Text:Mayu Yamamoto

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