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『七人樂隊』

監督/サモ・ハン、アン・ホイ、パトリック・タム、ユエン・ウーピン、ジョニー・トー、リンゴ・ラム、ツイ・ハーク 
10月7日より新宿武蔵野館ほか全国公開

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『七人樂隊』|穏健派のベテランたちが古き香港に思いを馳せる「出し殻」オムニバス【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

気鋭ジョニー・トーが先輩監督6人に呼びかけ作り上げた香港トリビュートなオムニバス。人や土地との別れを綴ったものが多い。『友は風の彼方に』のリンゴ・ラムの遺作や、『欲望の翼』の編集などで知られるウォン・カーウァイの師匠筋パトリック・タムの復帰作も含まれる。女性監督の先駆者アン・ホイ、『マトリックス』のアクション監督ユエン・ウーピンも参加。


穏健派のベテランたちが古き香港に
思いを馳せる「出し殻」オムニバス

 2020年公開。撮影はコロナ前ですが、香港が大きく揺れ動いた雨傘運動が鎮圧された後です。香港の監督7人によるオムニバス。最初は、中国返還された後の香港をめぐる社会派オムニバスかな、と思いました。例えばベトナム戦争をめぐる反戦的オムニバス『ベトナムから遠く離れて』(1967年)のような。ところが最年少でも67歳、最年長は77歳というベテラン監督たちはいずれも穏健派。体制を批判する新聞や雑誌は中国政府によって廃刊に追い込まれましたが、そうした批判的な視点は皆無。今の香港でも十分満足できているお年寄りたちが古きよき香港に思いを馳せる優しいオムニバスでした。

 監督は、1980年代から’90年代にピークを迎えた香港映画で活躍した面々。一編15分前後ですが、どうもゆるい。短編とはいえ、作劇にもうひと手間かけてよ、と思わせられるものがほとんどです。

 サモ・ハン自身が登場する冒頭作は悪くありませんが、どうしてこんな設定と展開なのかな、と首をかしげたくなる作品が続き、ラストのツイ・ハーク作品に至っては、出来が今ひとつなときの「世にも奇妙な物語」のよう。観ていて嫌な気持ちになることはないものの、娯楽の骨法がないがしろにされている印象。短編だからこそ、一秒の無駄もなく構築してほしかった。

 中国からは有望な若手が次々登場。台湾も新たなニューウェーブが始まったような高まりがあります。韓国も今年のカンヌ国際映画祭で席巻したように万能感さえ放つ。日本も低迷期から徐々に脱しつつある。

 しかし、かつてジャッキー・チェンからウォン・カーウァイまでを擁した香港映画の現在に、文化は感じられない。「七重奏」を表すタイトルの本作も、一時代をつくった老人たちの同窓会映画で、全盛期の香港カルチャーを知っている人にとっての「お葬式」と言えるかも。もちろん悲しい気持ちにもなりますが、ヘタウマの数々をほほ笑ましく眺めるのが正しい態度なのかもしれません。

 世界のエキゾチシズムの中心で欧米にも大きな影響を与えた香港。そしてタランティーノを熱狂させた香港映画。その「出し殻」をどう感じるか。個人的には、大傑作ではないからこそ、安らぎも得られた気がしています。(談)


菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi



Text:Toji Aida

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