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『ブライアン・ウィルソン/約束の旅路』

監督/ブレント・ウィルソン
出演/ブライアン・ウィルソン、ジェイソン・ファイン
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
Ⓒ2021TEXAS PET SOUNDS PRODUCTIONS, LLC

ブライアン・ウィルソン/約束の旅路

音楽史に燦然と輝くビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』を創り上げたことで知られる偉大な音楽家、ブライアン・ウィルソン。旧知の編集者と会話しながらのドライブ・インタビューを基調としつつ、彼の足跡を辿る。現在のツアーやレコーディング模様も収録。車内で何度も涙をこぼすブライアンの姿が印象的で、彼が特別お気に入りのナンバーも明らかになる。


音楽が与える感動の質が不変である
稀有なミュージシャンの素顔

 ある程度有名な音楽家の伝記映画はそれほど大量に発生することはありませんが、なくなることもなくずっと続いているジャンルです。「なんでこの人を映画にするの?」というものもなくはないのですが、ブライアン・ウィルソンは大物も大物。価値としては最上級です。



 音楽ドキュメンタリーは漠然と作ってしまうと、資料映像を集積しただけのテレビ番組に似てしまう。映画では確固たるテーマを設ける必要があり、比較的ハッキリとよしあしが出てしまうジャンルでもある。



 世界的なミュージシャンにはたいてい暗部がある。そこを掘り起こすのか、あまり触れないでおくのか。やりすぎるとマゾヒスティックでグロテスクなものになるし、やらなすぎると優しさが作品的には緩くなりアダともなる。



 この映画はブライアンが統合失調症であることを最初にテロップで明示し、そこには踏み込まない。インタビューが得意ではない彼が唯一信頼している「ローリング・ストーン」誌の編集者、ジェイソン・ファインが車を運転し、助手席のブライアンがリラックスして答える。カメラマンもいない二人きりの空間。二人の関係性がよく作品的には二重丸に近い丸です。このジャンルとしては成功作であり異色作ですね。



 ただ、ここには誰も知らなかったようなことは出てこない。例えば『マイルス・デイヴィス クールの誕生』(2019年)には20世紀のマイルス評にはなかったフェミニスティックな新しい視点があった。



 コメンテーターにブルース・スプリングスティーンという、ブライアンとは音楽性が異なるように思える大物がいることに、この作品の価値の何割かがある。彼が本気で語る様は意外だしうれしくもある。



 ブライアンの音楽は初期の曲も最近の曲も、与えられる感動の質が同じ。コアな部分がまったく消耗していないのはまさに天才的。しかも、まったく老けていなくて、若々しい。年を感じないどころか、どこか子どもっぽい。



 彼が病と闘ってきたことは間違いないけれど、「ハンディキャップがあっても頑張っている人はいますよ」と映画がメッセージしなくてもよかったかも。そこが残念。彼は特別な人ですから一般化しなくてもよかったと思います。(談)


菊地成孔
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi



Text:Toji Aida

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