2021.03.06

譲れない趣味と恋人、どちらを優先しますか?【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座#42】

仕事中毒の女と熱狂的なレッドソックスファンの男。お互い譲れないものがある者同士の恋愛に“あるある”を見る。

2番目のキス



ーー2005年公開の作品『2番目のキス』です。いかがでした?

ジェーン・スー(以下、スー):序盤、ちょいと端折りすぎかなと思ったけど、途中からドライブかかって、最終的にはかなりグッときました! ラブコメらしいラブコメ映画。

高橋芳朗(以下、高橋):監督は『メリーに首ったけ』(1998年)や『いとしのローズマリー』(2001年)でおなじみのファレリー兄弟。彼らが撮るラブコメは奇を衒ったものが多いけど、これは比較的穏当な作品といえるだろうね。では、まずはあらすじを。「数学教師のベン(ジミー・ファロン)は、生徒と共に社会見学として訪問した会社でバリバリ働くリンジー(ドリュー・バリモア)に一目惚れ。一介の小学校教師とキャリアウーマンということで住む世界が違うように思えたが、ベンが体調を崩したリンジーを介抱したことがきっかけで交際がスタート。順調に関係を深めていくなか、ベンがボストン・レッドソックスの熱狂的なファンであることが判明してから徐々に問題が生じていく…」というお話。これはニック・ホーンビィの自伝的小説『ぼくのプレミアライフ』が原作なんだけど、舞台をイギリスからアメリカに移したことに伴って主人公の設定もアーセナルFCのファンからレッドソックスのファンに変更したんだよね。

スー:なるほど。イギリスでサッカーとなると、また熾烈そうだね!

高橋:ちなみにイギリスでは1997年にすでに原作と同じ『ぼくのプレミアライフ』のタイトルで映画化されている。こちらの主演はなんとコリン・ファース!

スー:おお、それは観てみたい! この連載で紹介した『15年後のラブソング』(2018年)もニック・ホーンビィ原作だったよね。ウェルメイドな恋物語を書かせたら右に出るものはなかなかいないわね。

高橋:『ハイ・フィデリティ』(2000年)だったり『アバウト・ア・ボーイ』(2002年)だったり、ニック・ホーンビィ原作の映画化作品には基本ハズレがない印象だけど…これはどうだった?

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「私、軽蔑すべき人間になってるわ。恋人ができた途端、自分の生活が消えるタイプ。今は仕事に集中しなくちゃ」ーーリンジー


スー:物語について気になったところを先に挙げちゃうね。私が最初に乗り切れなかったのは、リンジーがベンのことを好きになるきっかけが若干安易だったところ。「デキる女」のリンジーが食中毒になり、弱る。それを、リンジーに若干引け目を感じていたベンが介抱する。冒頭でいきなり立場の強弱が逆転して恋が始まるわけ。女が強いままでは恋が始まらないってのは、ちょっと前時代的。ありきたりな流れというだけでなく、ベンが最初のデートでリンジーの家に泊まる設定もちょっと気になった。介抱のためとはいえ、さすがに無理があるかと。

高橋:確かに。リンジーはグロッキー状態だったとはいえ、いきなりベンを家に入れるばかりか着替えまでさせてもらうわけだからね。そのベンも調子に乗ってリンジーの下着で悪ふざけしたりする始末(苦笑)。

スー:ね。まだアップデートされていない時期だから半分目をつぶって観てたけど。ではなぜ後半からグッと引き込まれたかと言うと、お互いが惹かれ合う様子や反目し合う様子が丁寧に描かれていたから。細かいエピソードがやけにリアルじゃなかった?

高橋:リンジーがこれまで交際してきた相手はエリートばかりだったわけだけど、みんなキャリアウーマンである彼女のワーカホリックぶりを良しとしていなかった。そんななかでリンジーの立場を尊重して仕事にも理解を示すベンに彼女が強く惹かれていく過程はすごく自然だったよね。ただ、ベンが「これまでの彼氏とまったく違う」のはポジティブな面ばかりではなくて。なにせ彼のクローゼットはレッドソックス一色でまともな服は一着もない(笑)。リンジーの親に会いに行くとき、ふざけてアホな格好で登場してきたベンに対する彼女の複雑な表情に注目してほしいな。このシーンにも象徴的だけど、ベンは振る舞い自体が子どもじみてるんだよね。

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スー:ベンが大人になりきれない子どもおじさんだということを表したかったのだとは思うけれど、徹頭徹尾、悪意のあるスタイリングだった(笑)! でも、根はいい人なんだよね、ベン。だからこそ湧き上がるのが、「なんであんないい人(男)がまだ独身市場に残ってるの? なにか大きな問題があるのでは?」という疑問。女同士で交わされがちな会話ね。男性もするの? 高橋:うん、知り合いでよく言われていた人は何人かいるね。 スー:リンジーもそのタイプよね。だから、どっちもそうなのよ。主人公が仕事中毒のリンジーと野球中毒のベン。優先順位の上位に恋愛がなかったふたり。 高橋:ふたりとも譲れないものがあることでこれまでいまいち恋愛がうまくいかなかった。でも、そんなふたりがようやく互いの立場を尊重し合えるパートナーに巡り会うことができたと。 スー:そうそう。そんなふたりが惹かれ合って、お互いを必要とし歩み寄る。しかし、思わぬところにネックが…。それぞれに、離れがたいほど親しい同性の友達がいること。これもリアルよね。友達といるほうが楽しいことってあるもん。ベンとリンジー、それぞれが友達と話す内容がまるで異なるって描写もおもしろかった。男同士では野球の話ばかりで、リンジーの話なんかまるでしない。一方、リンジーと女友達の間では、逐一進捗を報告&検証するという。ちょっと違和感持ったのは、あんなにぐいぐい反対してくる女友達(親友)って、30歳になってもまだいるのかなということ。そこはステレオタイプかなと思いました。 高橋:リンジーの友達はこれまで彼女がどんな男と付き合ってきたか知っているから、正反対なベンに過剰な反応をとってしまうんだろうね。「学校の教師は収入が少ない」とか、ひどい言い様だった。
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スー:さて、友人との付き合いも疎かにせずお互いが強く惹かれ合うリンジーとベンですが、それぞれの「歩み寄り」の度合いがね、ちょっと違う。歩み寄りのために払う犠牲の違いですね。リンジーは多忙を極めるなか週に3回も野球場デートに行ったり、前は出ていたデート中の仕事の電話を切ったり。ベンを尊重しようと努力する。 高橋:リンジーは会社の昇進がかかっていて忙しいから当初はベンが野球に夢中になってくれて助かるって言っていたんだけど、結局は彼の生活サイクルに引き込まれていく。ベンと野球観戦するから残業がまったくできなくて、彼の就寝後に残った仕事を片付けるから当然寝不足になるという。 スー:最初は相手に合わせようとして頑張りすぎちゃうの、リアリティあるよ。ちなみにヨシくんは合わせたことある? 高橋:あるある。それこそ、いまの音楽ジャーナリスト業のメインになっているブラックミュージックは付き合っていた彼女の趣味に合わせて聴き始めた(笑)。スーさんはある? スー:私はライフスタイルが北欧テイストの方の趣味に合わせて魂がもぬけの殻になったことはありますよ…。センスのいい、おしとやかな女の子を求められていたので精一杯がんばりました…。 高橋:うわー、それは結構なエネルギーが要求されそう(笑)。 スー:うん(笑)。そして、物語が次のフェイズに入るのが、リンジーが妊娠を疑う場面。ここが重要。ベンは上の空で…。 高橋:リンジーがパリ出張にベンを誘うくだりね。そのときのベンの返答、覚えてる? 「彼らについていないといけないから」だよ。「彼ら」というのは言うまでもなくレッドソックス(苦笑)。そういえば、ふたりで野球観戦中にファウルボールがリンジーの頭を直撃したときもベンは彼女を気遣うよりも先にまずボールのゆくえに気を取られていたよね。 スー:そうなの。徹頭徹尾ベンの子どもっぽさが描かれているわけだけど、ヨシくんからみたらどう? こんな人いる?
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「今週末はまずいんだ。身動きが取れない。あと、2試合勝てば首位だ。週末はマリナーズと対戦。彼らについてないと」ーーベン


高橋:自分も含めてなんだけど、音楽業界にいるとベンのような大人になりきれない男は結構多い。さっきのベンの服装にちなんでいうと、かつて「冠婚葬祭もすべて普段着」なんてラップしていた人もいるぐらいだし(笑)。

スー:と同時に、ベンがリンジーの努力を「当然」と捉え始めたことも重要。相手に合わせること以上に「恋愛あるある」だよね。ここからさらに暗雲が立ち込めはじめるわけで。そういえば序盤にリンジーが『アニー・ホール』(1977年)を好きな映画として挙げてたじゃない? パートナーと別れてから「本当に好きだったんだ」と気付く男の話。あれが後半効いてきたと思った。離れ離れになってからのベンの落ち込みようといったらないもの。ベンは盛り返そうとして今度は自分が無理めに頑張った。

高橋:その結果、めずらしくリンジーの友達の誕生パーティについて行ったらレッドソックスの歴史的な逆転劇を見逃すというね。パーティから帰宅したベンはリンジーに「僕の人生で最高の夜」なんて言うんだけど、その直後にレッドソックスの試合結果を受けて取り乱した挙句、彼女に「君に23年間も夢中なことなんてあるか?」とぶちまけてしまう。

スー:「君よりレッドソックスを愛してる」と言っているのと同じだもんね。ベンの暴言を受けて、リンジーは言うわけよ、「私はとても傷ついた。心の奥の何かが閉じてしまう」って。あのセリフには非常に共感しました。「閉じる」という感覚ね。もう何を言われても無駄。

高橋:心の奥の何かが閉じてしまう…うん、あれはめちゃくちゃ刺さるセリフだった。また相手の心が閉じてしまったときって表情一発でわかるんだよね…取り返しのつかなことをしてしまった! って。

スー:確かに。それにしても、デキる女が食中毒になって献身的に助けてくれた男に惚れる、というテンプレからスタートしてよくここまで持ってきたな。

高橋:贔屓のチームの歴史的勝利を見逃すという山場の作り方はベンの試金石として絶妙すぎる。リンジーも無理についてこないでいいって言ってたのにさ。

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スー:あそこで「残念! 君と一緒に観たかった!」と言えていたら、リンジーの心は閉じなかった思う。 高橋:いやー、怖い怖い! とっさにああいうこと言っちゃたりするんだよ。 スー:譲れないものと恋人を天秤にかけると、どちらを選んでもいずれああなるとは思うけど。 高橋:早晩ああいうことは起こっていた、というのは確かにそうなんだろうね。ベンも神の怒りだとか天罰だとか騒いであれだけ取り乱していたら、そりゃあ愛想尽かされるよな。リンジーの寄り添い方を考えれば、ベンの態度次第でぜんぜんうまくやっていけたはずなんだけど。 スー:リンジーの生理の遅れとベンの慢心→レッドソックスの歴史的勝利→リンジーの心が閉じた、の流れから、ベンと別れて仕事を選んだリンジーのセリフに繋がっていく。「私はこの会社とこの仕事が大好きです。迷いはありません。ここにいる時だけ、自分に自信が持てます。自分でコントロールできるし、安心できます」って、自分を説得するようにね。と同時に、とある事実を知って思うわけです。「私は彼との関係で自己犠牲を払ったかしら?」って。 高橋:でも「リンジーは十分ベンに理解を示してきたのに!」とは思っちゃったな。 スー:そうなんだよね。彼女もできることはすべてやったはず。リンジーはやさしいよね。私なら「知らんがな」で放っておきそう(笑)。とは言え、パートナーが23年間も夢中だったものを諦めるのは、たとえ別れる前提だったとしても見ててつらいけど。 高橋:そんなベンは「レッドソックスは僕らを見捨てない」が口癖だったんだけど、敗戦後に普通に食事を楽しんでいるレッドソックスの選手に遭遇して「野球は彼ら選手にとって職業であって執念とは違う」ということに気づかされる。このクライマックスに向けてのベンの心の動きはすごく丁寧に描かれていたよね。そしてラスト、リンジーの決死の行動には思わず笑い泣きしてしまったよ。これぞラブコメな多幸感あふれる大団円! スー:おっしゃる通り! やや前時代的な価値観は残るものの、ラブコメ映画が変容していく途中の作品としては見ごたえあると思いました!

『2番目のキス』

監督:ファレリー兄弟
出演:ドリュー・バリモア、ジミー・ファロン、ジャック・ケーラー、アイオン・スカイ
公開:2006年7月8日(日本)
製作:アメリカ

Photos:AFLO

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。近著に『これでもいいのだ』(中央公論新社)『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)。TBSラジオ『生活は踊る』(月~金 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

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