時計には大切な人から譲り受け、次の世代に託す楽しみがある。祖父、父、恩師から思い出の一本を受け継いだ6人に、そのエピソードを教えてもらった。また、彼らが未来へ引き継ぎたいと思っている特別な一本とは。
2016年に吉祥寺でスタートした、江口洋品店 江口時計店。’24年に渋谷区松濤に移転し、じっくり時計が選べる店舗に。ヴィンテージ時計の販売だけでなく、修理など幅広く対応。
(受け継いだ時計)AUDEMARS PIGUET / ’50年代のドレスウォッチ
18金ゆえベルト部分だけ取られてしまうことが多く、オリジナルのゲイ・フレアー社製のベルトがついた完全体は稀少。まだプライベートでつけたことがなく、パーティなどのタイミングでネイビーのセットアップに合わせてデビューさせる予定。自動巻き。18KYG。ケース径35㎜。/私物
(引き継ぐ時計)CARTIER / ’70年代後期~’80年代初期のタンク レベルソ
珍しいカルティエのレベルソで、文字盤が反転するのが特徴。江口時計店のオリジナルベルトに替えて、毎日のようにつけているお気に入り。ケースの裏面には「Chirstine et Philippe」と、以前の持ち主と思われる名前が刻印されている。手巻き。SS。ケースサイズ32㎜×24㎜。/私物
資産以上の価値がある時計から受け取れる美意識
仕事柄、いろいろな方から「時計を受け継いでほしい」と相談されます。中でも時計専門誌「クロノス日本版」の編集長、広田雅将さんから託されたオーデマ ピゲのドレスウォッチには特別な思い入れがあります。’50年代に超高級品として、わずか100本程度しか作られなかったモデルで、広田さんは15年ほど前にアンティークウォッチのショーで手に入れたそうです。半年ほど前に話をいただき、見せてもらったところ、ブレスレットがついたほぼ完璧な形で残っていたので驚きました。同時に、並ならぬ“時計愛”の持ち主として尊敬する広田さんから、これを託そうと思ってもらえるような人物になれたのだと、誇らしさとともに気が引き締まる思いでした。
8年前にパリで買ったカルティエの「タンク レベルソ」は、’70年代から’80年代にかけて3回だけ作られた、とても稀少な時計です。カルティエとジャガー・ルクルトとの関係性を表す意味でも重要な存在で、見つけたときには本当にうれしかった。僕はドレスウォッチに出会って、そのエレガントな美しさに魅せられ、自分の美意識が大きく変わり、人生が変わりました。だからいつか、この貴重な時計を息子に託したいと思います。父からボロボロのポルシェを受け継いだことが「名品をメンテナンスして再販する」という今の仕事につながっているので、この時計を通して子どもに僕の感覚や美意識が伝われば本望ですね。