
40代のおしゃれな大人たちからも支持率の高いカルティエの腕時計「タンク」。タンキストという言葉を生み出すほどに愛される理由は何なのか? まずは時計ジャーナリストの篠田哲生が人気の理由を解説する。
タンクはパリの文化的シンボル

先月、久しぶりに時計の仕事でパリに行った。シンボリックな「エッフェル塔」、ガラス張りのパビリオン「グラン・パレ」、荘厳な「アレクサンドル3世橋」、そして現在は美術館として使用される「オルセー駅」などは、1889年を皮切りにパリで何度も開催された万国博覧会に合わせてつくられたもの。誕生から約100年を過ぎた今でもパリの顔であるこれらは、強大なフランス国家の歴史や文化を伝えるものでもある。
そしてカルティエの「タンク」もまた、約100年前から受け継がれてきた、フランスやパリの文化的シンボルと言えるだろう。

フランスは、かつて最高峰のテクノロジーであった機械式時計の分野でもリードする存在で、フェルディナント・ベルトゥーやアブラアンールイ・ブレゲといった天才時計師が国家プロジェクトとして時計の研究開発に携わった。しかし強大な国家であるがために、マリンクロノメーターなど計測機器としての時計開発に力をいれており、市民用の時計製造という点では小国スイスが先んじていた。
そんな時代に、三代目のルイ・カルティエが腕時計の製造を始める。宝石商であったカルティエは、20世紀初頭から宝飾技術を生かして革新的なフォルムをもつ美しいケースを開発。そこにスイス製のムーブメント(おもにジャガー社、現ジャガー・ルクルト)を収めることで、美しい腕時計を次々と生み出していった。
実用品ではなく、ファッションアイテム

1917年にプロトタイプが製作され、その2年後に発売された「タンク」は、まさにフランスを、そしてパリを表現する時計だ。直線的なケースデザインとケースにつながるようにデザインされたストラップは、上から見た戦車(タンク)の形から着想を得たといわれる。
この時代のパリでは「アールデコ」と呼ばれるデザイン様式が生まれた。これは工業製品としての製造効率と贅沢品らしい芸術性の中間にあるもので、腕時計のデザインにも取り入れられた。「タンク」のデザインはその典型であり、だからこそデザインはいつまでも古びることはない。時代をリードする工業国であり、芸術を愛する国フランスだからこそ生まれた時計。それがカルティエ「タンク」なのだ。
戦車という男らしいルーツとパリらしいエレガントなデザインが融合した「タンク」は、多くのセレブリティを魅了した。彼らは「タンキスト」と呼ばれ、時計を実用品ではなく、ファッションとして楽しんだ。すなわち現代の時計の楽しみ方をいち早くリードしていたのが、タンクの愛好者たちだったのだ。

では、なぜタンクはファッションだったのか? それは、かのアンディ・ウォーホルの「時間を知るためじゃない。身に着けることに意味があるんだ」という言葉が端的に示している。彼は時計の針を合わせるどころか、ゼンマイを巻き上げることもなかったという。つまり美しい時計には、時計以上の価値があるということだ。時計でありながら、時刻を知るためではなく、それをつけることを楽しむ。バラドキシカルだが、タンクはそれを証明している。こんな時計に惹かれない人がいるのだろうか?
タンクを選ぶといっても、その選択肢は広い

過去にさまざまなモデルを生み出してきた「タンク」だが、現在のファミリーは四種。初代モデルからの伝統を継承する王道が「タンク ルイ カルティエ」で、ケース素材にゴールドを使用するのが特徴。薄型のケースデザインを生かすため、手巻き式ムーブメント、もしくはクオーツ式ムーブメントを搭載する。2024年、ついに自動巻きを搭載したラージモデルが発表された。

1970~80年代のポップなムードを取り入れる「タンク マスト」は、普遍的なデザインに挑戦的なスタイルを加えた。ケース素材はステンレススティールで、ブルーやレッド、グリーンといったカラフルなダイヤルや高性能クオーツムーブメントなどを取り入れている。
さらに縦長ケースの「タンク アメリカン」やメタルブレスレットを取り入れたモダンデザインの「タンク フランセーズ」という選択肢もある。さらにはサイズバリエーションも豊富だ。
現代のタンキストに一押しの一本

では数あるモデルの中で何を選ぶべきか? その答えは時計好きの中でも大きく割れる。しかし個人的には「タンク マスト」の光起電発電ソーラービート・ムーブメントを搭載したモデルに注目している。そもそも光発電技術は、比較的カジュアルな時計に用いられることが多い。これは発電するソーラーセルに光を当てるためにはダイヤルを透過するしかなく、高級感を引き出すのが難しいという理由があった。しかしカルティエはダイヤルに微細なパンチング加工を施すことで、伝統的なタンクのデザインを残したまま、ダイヤルの下にあるソーラーセルに光を届かせて時計を動かすことができる。しかもムーブメントは長寿命設計で、発電した電池を貯めるための二次電池の交換は、少なくとも16年後だという。
100年を超える歴史あるマスターピースでありながら、しっかり進化を楽しめるというのが、現代のタンキストにおすすめの理由だ。

時計の機構や技術にも精通しており、スイス時計取材歴は20年近くに。時計は新しいほうが好きで結構ミーハー。
服のプロが考える「タンク」の魅力
ファッションの視点から見ると「タンク」はどう映るのか。ヴィンテージの「プレマストタンク」を愛用しているスタイリストの小林新に、タンクの魅力と40代男子がおしゃれに着こなす秘訣を聞いた。
タンクって、その存在自体が唯一無二。戦車をモチーフにしたというデザイン性や、最初期の腕時計とも称される歴史的背景など、すべてが個性を放つんです。

服のプロがおすすめする、最初の「タンク」

僕のおすすめは「タンク ルイ カルティエ」のラージモデルです。イエローゴールドで、手巻きのムーブメントを積んでいて、しかも文字盤がボルドーっぽいカラー。昔のタンク マストにも通じる雰囲気があって、現行でこれを買えるのは本当に特別だと思います。
価格は高めですが、人と被りにくいし、ベルト交換でまったく違う表情にもなるから飽きがきません。フォーマルからカジュアルまで幅広く楽しめるのも魅力です。ヴィンテージ好きな方にも納得される仕様だと思いますし、腕時計好きとしても満足度は高い一本です。

広告や雑誌で活躍。時計に魅せられて、30代以降はアンティークや機械式にも深く傾倒。