――今作は、登場人物のティッシュとファニーの愛の純粋さ、尊厳が、アメリカの理不尽な社会システムにより抑圧されてしまう物語ですよね。その厳しい現実に拳を振り上げて怒るのではなく、愛や思いやりによって克服していこうとする姿が印象的でした。



原作には、怒りやほろ苦さがより表現されています。でも自分が映画制作する際には、怒りの側面からは描きたくなかったんです。これは19歳のティッシュという女の子の側から描かれた物語なので、彼女が考えたり、感じていることを表現するのが大事だと思いました。



彼女は純粋で、イノセントで、柔らかくやさしい女性で、自分にとっての大事なものを何があっても壊されたくない、守るんだ、と決意しています。そういった感覚をみずみずしく、ナイーヴに表現できる女優が必要だと考えて、ティッシュ役は幅広くオーディションしました。それで新人女優のキキ・レインとようやく出逢ったんです。



――大事な人や愛を守り抜きたいという思い、誰もが自由に生きられる差別のない多様性のある社会に生きたいという願いは、普遍的なものともいえますね。この物語が多くの人の心を打つのは、時代や国を越えて共通するものがあるからでしょうか。



そのとおりだと思います。誰もがおそらく、自分の一番純粋な部分を絶対に手放したくないと感じているのではないでしょうか。その気持ちには年齢も、国籍も、ジェンダーも関係ありません。



――ジェンキンス監督ご自身のことについても教えてください。アカデミー賞を受賞した前作『ムーンライト』は、マイアミの最も危険な地域とされる場所が舞台でしたが、そこは監督の生まれ育った地で、またお母様は薬物依存に苦しんでいたとうかがいました。そのような環境にあって、ジェンキンス監督はフロリダ州立大学の奨学金を得て、英文学と映画美術を学んだそうですね。



僕は黒人の貧困層の家庭で、薬物依存症の親のもとに育ちました。だからフロリダ州立大学の映画コースに入ったとき、カメラを一度も触ったことがなかったんです。ほかの白人の中産階級出身の同級生は、それまでになにかしらカメラと接したことのある人ばかりでした。それで1年間、休学したんです。その間にカメラを学び、外国映画を観たり、映画評論を読んだりと、さまざまな勉強をしました。



それまでは、アフリカ系アメリカ人の貧困家庭で親が薬物依存者である自分には、何かを成し遂げることなんてできないとずっと考えていたんです。でも人生ではじめて、「果たしてそうなのか」と自分自身に問う機会にもなりました。そして大学に戻り、1年後にはじめて短編映画を手掛けたのです。本当に自分に映画が作れるのかと思いつつ、たとえスタートが他人より少し遅れても、どのような作品になろうとも、頑張ればほかの人に追いつけると、そう考えることができました。



そして映画が自分の心の声をとらえ、表現するものになり得るのだということをはじめて体感して、心の底から映画を作って人生を送りたいと感じました。21歳のときのことです。フロリダ州立大学進学についてはいろいろあって、もしかしたら行かない可能性もあったんですよ。でも、今は最も有名な卒業生になりました。人生は何があるかわからない。面白い話ですよね。



――2008年に長編デビューして、批評家に大変に評価されながら、2016年に『ムーンライト』を撮るまで8年間ありますね。その間、どうして長編が撮れなかったんですか。



自分が悪かったんです。フォーカスというアメリカの大きな製作会社があるんですけれど、そこと契約して、5年間仕事をしていました。その間は、自分の作りたい作品というより、彼らが求める企画を出し続けていたんです。それでうまくいかなかった。契約が切れたあとに、自分が作りたいものをやらなければと決意して、『ムーンライト』が生まれました。



その製作総指揮にあたってくれたのがプランBというブラッド・ピットが率いる会社です。そのスタッフのひとりに脚本を渡して、映画化が決まりました。彼らは興味深いと思ったストーリーに対して、映画制作を支援してくれます。ブラッド・ピットは大スターですが、さらに価値ある物語を映画化するという素晴らしい活動もしているんです。本作も、同じくプランBが製作に名を連ねてくれています。



――初来日ということですが、日本の印象はいかがでしたか。



日本人は非常に心やさしく、他人に対してリスペクトしている印象を持ちました。自分が育ってきた環境とは、まったく違います。日本食も好きになりました。なかでも鉄板焼きの“海老サン”が美味しかったですね。日本では、「さん」をつけると丁寧だと聞いたから、そうしているんですよ(笑)。

1970年代、ニューヨークのハーレム。19歳のティッシュ(キキ・レイン)は、幼い頃から一緒に育ったファニー(ステファン・ジェームス)と自然に愛を育み、子どもを妊娠するが、小さないさかいにより白人警官の怒りを買ってしまったファニーは、無実の罪で逮捕されてしまい…。


ビール・ストリートの恋人たち
監督・脚本 バリー・ジェンキンス
原作 ジェイムズ・ボールドウィン
出演 キキ・レイン、ステファン・ジェームス、レジーナ・キング
2月22日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
https://longride.jp/bealestreet/
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Movie & Photo:Tosh Shintani
Interview & Text:Minako Toriumi