2024.04.01

【鉄道エッセイ】釧網本線で交差する旅と日常|文:せきしろ

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 北海道の釧路と網走を結ぶ冬の釧網本線に乗る機会があった。乗ったのは網走10時24分発『しれとこ摩周号』、1両の快速列車だ。ちなみにこの『しれとこ摩周号』は上下合わせて一日2本しか走っていない。

 網走駅で切符を買った。最近はSuicaばかり使っていたので久しぶりである。改札を抜け、すでにホームに停車していた列車に乗り、空いている座席に座る。天井では蛍光灯がぼんやりと光っていて、今の時期は絶対に使うことがないだろう扇風機が付いていた。

 発車を待つまでの車内は、観光と思われる人と地元の人がいて、それぞれが一人であったので話し声はなく、出発を待つ列車の音と除雪作業をしている音くらいしか聞こえない。誰かが乗ってきたらその足音と上着が擦れる音が追加されるくらいだ。

 釧網本線と一口に言っても長い。オホーツク海、知床、阿寒湖、摩周湖、川湯温泉、釧路湿原などなど、路線に関するキーワードを並べただけでも圧巻であろう。今回の乗車は網走から知床斜里までの区間である。この区間の魅力はなんといってもオホーツク海沿いを走ることである。進行方向左にオホーツク海が広がるから、海を見たい人は左側に座るのが良い。実際私が乗った時にはすでに左側の席は埋まっていた。

 定時で発車した列車は網走の市街地を進む。最初の停車駅である『桂台』を出て、短いトンネルを抜けると風景に海が現れる。冬のオホーツク海だ。その色はことごとく濃く、そして深い。あらゆるものを受け入れてくれるようにも、あらゆるものを拒絶しているようにも見える。停泊している漁船があり、それが人工的な白さで、そこに人間味を感じて少し安心したほどだ。

 遠くに山が見える。あれはなんという名の山なんだろうか。方角的には斜里岳か? 残念ながら私は山に詳しくはないので正確なことはわからないが、雪で染まったその山はただただ美しい。

 この辺りからオホーツク海、国道、線路の並びになり、ほぼ平行に進んでいく。海岸沿いを走る車越しにオホーツク海を見る形だ。

 短いトンネルを経て『鱒浦』に着く。三角屋根の小さな駅である。ここで降車する人がいて、それは当たり前のことなんだろうが、私は突如生活を感じた。

 私は車窓を流れる景色を見ながら生活を感じることが多い。いつも考えることは「ここで生まれていたならどんな人生だったのだろうか?」ということだ。町も、学校も、友達も、気候も、吹く風も、何かしらのローカルルールも違うわけだから、今とは別の人格が形成されていたわけで、現在のように文章を書いて生活するなんてことはしていなかっただろう。いや、そんなことはないのか? 結局は他人からすると一見自由で羨ましく見える、しかし実際には羨ましく思われることなどひとつもない今と同じ生活なのか。冬の車窓はしばし憂鬱を生む時もある。

 そうこうしているうちに『藻琴』の駅に到着する。ここは木造の古い建物である。以前は駅の事務室だったスペースに『軽食&喫茶トロッコ』という店が入っていたのだが、残念ながら閉店してしまったようだ。

 やがて線路と国道が交差し、いつしか左から海、線路、国道の順に変わっていた。つまり列車はよりオホーツク海に近くなったわけだ。風景は相変わらず雪が積もっていて、空の色、海の色、雪の色の三色で構成されている。そこからさらに海が近くなり、窓の向こうは海の色のみになり、まるで海上を走っているように感じることができる。

 続いて停車したのは『北浜』の駅だ。ここは今までの駅のように閑散とはしていない。なぜならこの駅は「最もオホーツク海に近い駅」、または「流氷に一番近い駅」として知られていて、海外でも知られている観光スポットであるのだ。車窓からはカメラを構えている多くの観光客が見える。かつては駅長室だったスペースに軽食喫茶『停車場』という店があり、店内からも流氷を見ることができるようだ。

 列車はさらに進む。右手に濤沸湖が現れ、列車は海と湖に挟まれる形になる。濤沸湖は多くの野鳥が訪れ、中でも白鳥の飛来地としても有名だ。ふと幼い頃家族で訪れた記憶が蘇る。あの頃はまったく興味が持てなかった風景だが、今ならいつまでも見ていられる。枯れたヨシの色が連なって、風景に別の色を添えている。

 やがて原生花園が現れる。数キロメートル続く砂丘の上の天然の花畑である。もちろん今は花などひとつもなく冬の景色が続くだけだ。それなのにこれまたずっと見ていられるのは不思議である。きっと冬の景色は自分の原風景なのだろう。『原生花園』なる駅があるのだがこちらは夏季限定であるから通過した。

 次の『浜小清水』の駅を過ぎると、海が見えなくなる。枯れ葉が落ちずにそのまま付いている木が続く。それらはすべてカシワの木である。右手には畑が広がっているが例に洩れず真っ白なのでなんの畑かはわからない。「もしもここで生まれていたら?」とまた考えているうちに列車は『止別』駅に停車する。駅は「やむべつ」と読むが、地名としては「やんべつ」と読む。この駅はかつて駅事務室だったところが『ラーメンきっさ・えきばしゃ』になっている。この『えきばしゃ』まで車で来ている人が多いようで、駅前には車が数台停まっている。私は知らない生活を知る。たしかに釧網本線は列車の本数が少ないから、『えきばしゃ』を目がけて食事に来るのは難しいかもしれない。一度降りてしまうとしばらくそこで時間を潰さなければいけなくなる。夏はともかく、冬はなかなか辛いこともあるだろう。列車からは降りる人も乗る人もなく、また静かに動き出す。

 防風林を眺めているとまた海が現れる。ずっと見えていた山も近くなる。知床半島も見える。風景は町になり、「ここに住んでいたらこの店に行くのかな」などと考える。列車は知床の玄関口である『知床斜里』の駅に到着。私はここで降車したが、ここから列車はオホーツク海を離れ、また違う景色が続いていく。その風景は四季によって、いや日ごと変わっていくに違いない。今度は天井の扇風機が動いている時に乗ってみたいなと思った。

 さて、この原稿を読んで釧網本線に興味を持った方のために周辺のグルメ情報を記しておこう。
 なんと言ってもこの辺りはオホーツク海があるから海鮮だ。蟹、ウニ、帆立、ホッケ、タラなどと挙げていくときりがない。冬にはワカサギもある。もちろん野菜もあるし、ジビエもある。大自然の賜物だ。

 しかしこれらをあえて外して、是非とも食べてもらいたいものがある。それは刑務所のご飯だ。

 網走と言われて思い出すもののひとつに『網走刑務所』があるはずだ。ここは今現在も現役で使用されているから見学はできないが、網走には別の場所に『博物館 網走監獄』という博物館があって、こちらはかつて網走刑務所で使用されてきた建物を保存してあり、公開している。この『博物館 網走監獄』で現在の網走刑務所の収容者が食べているメニューを食べることができるのだ。

 ちなみに私は二度食べたことがあるが、正確な情報をサイトで調べると、麦飯(麦3:白米7)、焼き魚(さんま、あるいはホッケ)、小皿、中皿、みそ汁(本来はみそ汁ではなく番茶)とのこと。絶対にここでしか味わえないグルメであるから機会があれば是非試してもらいたい。

 また釧網本線下りの終点である釧路には、ご当地グルメの『スパカツ』がある。名前からなんとなくわかるように、スパゲッティとトンカツが合わさったものだ。釧路にある洋食店『泉屋』発祥の食べ物で、熱々の鉄板の上に濃厚なミートソースのスパゲッティがあって、さらにその上にトンカツをのせた料理である。

 また釧網本線からは離れてしまうが、釧路から根室本線(花咲線)に乗り、終点の根室には『エスカロップ』というメニューがある。こちらは根室の洋食店『モンブラン』が発祥とのこと。バターライスの上にポークカツをのせてドミグラスソースをかけたものである。

 このどちらも網走で食べることができる。私が何度か訪れたことがある『浜長』という店だ。この店のメインは蕎麦であるのだが他のメニューも充実していて、スパカツ(浜長のメニューでは『カツスパ』)もエスカロップ(浜長のメニューでは『ネムロライス』)もある。こちらも是非食べてもらいたい。

 この『浜長』には大きな本棚があって、そこには『るろうに剣心』『うしおととら』『ドラゴンヘッド』『クローズ』『幽☆遊☆白書』などがすらりと並び、同年代の友達の家に来た気持ちになれる。私はそこにもまた生活を感じるのである。

せきしろ

文筆家。1970年北海道生まれ。北海道北見北斗高等学校卒業。主な著書に『去年ルノアールで』『放哉の本を読まずに孤独』など。趣味は寂れたところに行くこと。

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