2025.06.20
最終更新日:2025.06.20

【40歳からの二拠点生活】神保町→八ヶ岳、アートディレクター藤村雅史が森で始めたコーヒー屋と新しい暮らし方

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アートディレクターで「サニーコーヒー&ロースターズ」オーナーの藤村雅史さんと、かわいすぎる看板犬ゴールデン・レトリバーのサニー。

「藤村さんが森のなかでコーヒー屋をはじめるらしい」──そんな噂を聞いてから、ずっと気になっていた。UOMOでもお馴染みのアートディレクター藤村雅史さんが手がける新しいプロジェクトとは一体何なのか?

神保町の「グリッチコーヒー&ロースターズ」で本格的なスペシャルティコーヒーに目覚めた藤村さん。沖縄でのリゾート計画など、これまでの様々な経験を経て、新たな拠点を求めて軽井沢で物件を探し、最終的に辿り着いたのは八ヶ岳の麓、原村の深い森の中だった。そこで生まれた「サニーコーヒー&ロースターズ」は、単なるカフェを超えた、新しいライフスタイルの提案なのかもしれない。実際に現地を訪れ、藤村さんに話を聞いた。

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ドリップコーヒーはホット、アイスともに1000円。この日はコロンビア、ブラジル産のスペシャルティコーヒー4種類が用意されていた。コーヒーのフレーバーから農園などの詳細が記載されたカードが添えられている。

神保町から始まった、コーヒーへの目覚め

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今から10年前。当時の事務所の隣にあった神保町の「グリッチコーヒー&ロースターズ」の常連客だった藤村さん。スペシャルティコーヒーでは名の知れた店で、立地の良さもあって毎日のように通っていた。

「毎日コーヒーを飲んでるうちにハマって。今は大人気店になっちゃって、もう行けなくなったんですけど(笑)」

そこで藤村さんが感じたのは、コーヒーショップが持つコミュニティとしての力だった。「人が集まって、知らない人同士でもちょっと話をして、『こんなことやってます』『あんなことやってます』って世界が広がるじゃないですか」。その体験から、自分もコーヒーショップをやりたいと思うようになった。

神保町で「1階がコーヒー屋、2階が事務所」という理想的な物件を探し始めたが、「いいのがなくて、なかなか気に入ったところは貸してくれなかったりとかして」と、現実は厳しかった。それが後の「サニーコーヒー&ロースターズ」のコンセプトの原点となっている。

沖縄、軽井沢──遠回りした道のり

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木の温もりを活かした店内。見せる収納も機能的に配置されている。

コーヒーショップへの憧れを抱いた藤村さんだが、実現への道のりは決して真っ直ぐではなかった。まず挑戦したのは沖縄でのリゾート計画。西表島の丘の上に土地を探し、カフェ兼合宿所のような施設を構想していた。

「海を眺めながらビールも飲めるような場所を計画していたんですが、土地問題で頓挫してしまって」

次に計画にあがったのが軽井沢だった。新幹線でもアクセスが良く、人もいる。カフェを開くには理想的に思えた場所だったが、現実は厳しかった。「軽井沢、めちゃくちゃ高いんですよ。いい土地はもう全然空いてないし、案内されるところは全部高すぎて」

八ヶ岳で見つけた「あっここだ!」

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そんな時、藤村さんが思い出したのは八ヶ岳だった。「よくキャンプとかでここら辺来てたんで、八ヶ岳はどうかな?」。数年前に土地を探した時期もあり、昔のままの雰囲気が残っているのではないかと期待して訪れてみた。

ネットで調べて、たまたま見つけた物件。詳細はよくわからなかったが、何となくたどり着いてみると看板が出ていた。「それで見にいったら、不動産屋がすぐそこだったんで行って、『もうちょっと見せて』って電話をかけて」

それはちょうど今ぐらいの初夏の時期だった。森に囲まれた土地を見た瞬間、藤村さんは確信した。「まさに今みたいな感じで『ワーッ』と思って。『あっここだ!』って」

価格も軽井沢と比べると安く、迷わず土地を押さえることにした。

建築家との出会いが生んだ理想の空間

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土地を確保した藤村さんが次に向き合ったのは、建築の問題だった。「やっぱりコミュニケーションが取れる建築家がいいなと思って」。そこで白羽の矢が立ったのは、飯田善彦先生のアーキシップスタジオだった。品川の自宅に続いて2度目の設計依頼ということもあり、信頼できるパートナーとして選んだのだ。

設計には約1年をかけ、納得いくまで何度も打ち合わせを重ねた。

藤村さんの明確なこだわりを汲み取りながら、最終的に現在の形に。「結局、俺が直線的なのが好きだから、これに落ち着いて」。

建設工事では印象的なエピソードもあった。富山にあるキマドから木製サッシが到着した際には、クレーン車を使っての搬入。外壁にはドイツ張りの工法を採用し、木立の中を縫うように大きな窓を運ぶ技術に驚かされたという。

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空間のデザインコンセプトは「白壁の木々とスチールに黒のみの空間」。自然を感じながら限りある予算内で木を活かした建築を目指した。特筆すべきは構造上の制約を逆手に取ったアプローチだ。「木でやってる限りは、構造上、柱も不思議な形になるんですよ」と藤村さんが語るように、木造建築ならではの制約を「面白い」特徴として活かしたデザインが実現している。

施工は地元原村の牛山工務店が担当。地域の工務店との協働により、八ヶ岳の環境に適した建築が実現した。

コーヒーの技術は「ヒカルくん」から

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建物の設計と並行して進めたのが、本格的なコーヒーの技術習得だった。これまでも独学でコーヒーの焙煎や抽出に取り組んでいた藤村さんだが、西表島でコーヒーショップ「coffee etomoiri(コーヒー エトモイリ)」を経営している望月ヒカルさんに本格的に師事することにした。

「2年ぐらい前から家庭用の焙煎機を買って、焙煎をやってはいました。最終的にここに業務用の焙煎機を入れるというのは決まっていた」

豆の仕入れもスペシャルティコーヒーの流通ルートを活用した。「やっぱり豆もそういうスペシャルティの人たちの中で流通してるから、そこら辺も紹介してもらいつつ」

技術習得には集中的に取り組んだ。「ヒカルくんと去年の夏に1週間合宿をしました。座学も含めてやってもらって、オープン前にも来てもらい、ここでまた同じようにレクチャーを3日間ぐらいやってもらって、それでスタートを切りました」

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焙煎機は「Stronghold S7X」を使用。電気式の小型スマートロースターで、直火・熱風・遠赤外線の3種類の加熱方式を組み合わせて焙煎ができるのが特徴。
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エスプレッソ〜フィルター対応の電動グラインダー「Option-O Lagom 01」。アルミを用いた精密な外装で、静音性と再現性に優れたミニマルなデザイン。
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流し台などのあるキッチンスペースは、小さいながらもコックピットのように機能的。

有元葉子先生との出会いが開いた扉

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宮崎県の窯元「余白」の「月日」シリーズのカップを使用。味がまろやかになる形状なのだそう。

「サニーコーヒー&ロースターズ」の評判を決定づけたのは、料理家の有元葉子先生との出会いだった。撮影の際にコーヒーを提供したところ、「美味しい!」と太鼓判をもらったのだ。

「料理家の先生にそう言っていただけたなら『いけるかもしれない』ってちょっと自信がついた」

この出会いをきっかけに、ケータリングや撮影現場でコーヒーを淹れるようになっていくと、雑誌業界の人達の間でも評判が広がっていった。

森の中のプライベート感が生む特別な時間

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「サニーコーヒー&ロースターズ」の最大の魅力は、その立地にある。通りからかなり引っ込んだ場所にあり、アプローチを楽しみながら来店できる。「ずっと森が広がっていて、グリーンが綺麗なんですよ」

「抜けた眺めがないのはどうかなって一瞬思ったけど、木々に囲まれた森の中ってすごく落ち着くんですよね。守られているような感じがある」

プライベート感があるため、来店客も「みんな結構どの場所にいても、わりと気持ちよく過ごしてもらえている」という。「せっかくここまで来たから」と滞在時間も長く、藤村さんが理想とするコミュニケーションの場としても機能している。

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二拠点生活がもたらした新しい発見

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オープン以来、藤村さんの生活にも変化が生まれた。「東京にいると“早く山に行きたいな”って思うようになった。八ヶ岳にいるとほっとする」

八ヶ岳エリアには二拠点生活をする人も多く、「最初は二拠点生活でも結果的には移住しましたって人もいるし、若いカップルもいるし、そこそこ自分と同じ世代の方もいる。いろんな人達がいてみんな面白いんですよね」と新しいコミュニティとの出会いも楽しんでいる。

完全移住については「今は仕事がちょっとまだ残ってるから」と現実的には難しそうだが、「いずれはここでコーヒー屋やりながらのんびりっていうのもアリだとは思う」と将来の可能性も感じている。

イベント出店への意欲と新しい挑戦

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左から八ヶ岳農場のミルクを使った「アイスラテ」800円、エスプレッソ用ブレンド豆のコカ・コーラをミックスした「コカ・コーラ+エスプレッソ」800円は新感覚の味わい。
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“SUNNY”つながりの宮崎県串間市「SUNNY CAKES」から取り寄せている焼き菓子。地元食材にこだわったスイーツのお店。左から「サニークッキー」「ほろほろ黒糖」各300円。「日向夏のパウンドケーキ」350円。

今後については、コーヒーイベントへの出店にも意欲を見せる。「スペシャルティコーヒーのイベントがたくさんあるから、地方だったり海外だったりいろんなところで出店するのもやっていきたいです」

「多分ずっと店にいると飽きちゃうから(笑)、そういうところへ行ってお店の宣伝も兼ねて出店する」ことで、新しい展開も模索している。

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藤村雅史さんの「サニーコーヒー&ロースターズ」は、単なるカフェ開業の物語を超えて、新しいライフスタイルの可能性を示している。神保町での気づきから始まり、紆余曲折を経て辿り着いた八ヶ岳の森。そこで実現したのは、地域との協働、技術の習得、新しいコミュニティとの出会い、そして何より「ほっとする」場所の創造だった。

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イラストレーター久米理絵さんによる、サニーがモデルのロゴ。

「お店としてやっていく以上はお客さんとコミュニケーションを取りたいから、黙々とコーヒーを淹れるんじゃなくて、お話しながら提案もしていきたい」という藤村さんの言葉通り、「サニーコーヒー&ロースターズ」は訪れる人々にとって、単にコーヒーを飲む場所ではなく、新しい出会いと発見の場となっている。

二拠点生活、地域との協働、専門技術の習得、コミュニティの創造──藤村さんの挑戦は、都市部で働く40代男性にとって、新しい生き方のヒントに満ちている。

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SUNNY COFFEE & ROASTERS

住所:長野県諏訪郡原村字横見山2001-96

オープン日程はインスタグラムでお知らせ

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