オーストラリアのデザインといえば、マーク・ニューソンの「ロッキード・ラウンジ」や「エンブリオチェア」に見られる有機的で流れるような曲線美、イソップの洗練されたミニマルなパッケージデザインを思い浮かべる人も多いだろう。では、現代のプロダクトデザインとなるとどうだろうか。EXPO 2025大阪・関西万博のオーストラリアパビリオンで、そんな疑問への答えとなる出会いがあった。
万博会場で出会った、"次世代ラグジュアリー"の正体
EXPO 2025大阪・関西万博のオーストラリアパビリオン
NAU創業者兼マネージングディレクターのリチャード・ムナオ氏
ユーカリの森をイメージした建築の中で、家具ブランド「NAU(ナウ)」の洗練されたコレクションが静かに存在感を放っていた。創業者兼マネージングディレクターのリチャード・ムナオ氏は、穏やかな口調でこう語る。
「オーストラリア政府との協力のもと、環境への配慮を最優先にした家具を展示できることを誇りに思います。私たちは家具業界の循環型経済において、オーストラリアだけでなく世界的にも先駆者だと自負しています」
NAUが推進する「Cultivated(カルティベイテッド)」プログラムは、13年も前から始まっている先駆的な取り組みだ。万博終了後、展示されたすべての家具は回収され、修復を経て再び市場に出される。これは単なる環境配慮を超えた、新しいラグジュアリーの定義といえる。
職人技術×革新性。オーストラリアが生んだ"新しいものづくり"
Adam Goodrum(アダム・グッドラム)による「Molloy」チェアの前で、ムナオ氏は誇らしげに語る。「パビリオンに設置された110脚のチェアは、すべて飛騨高山で製造されています。オーストラリアでもともと作っていましたが、日本の職人技術の素晴らしさに感動したんです」
スチーム曲げ技法により、木材の使用量を抑えながらスタッキングも可能にした技術力の結晶。これらの椅子は日本からワシントンD.C.のオーストラリア大使館に400脚、最近ではカンタス航空のラウンジに750脚が納品されている。オーストラリアと日本の職人技術が融合した、新しいものづくりの形がここにある。
エルメスが惚れ込んだ、"完璧な美学"
Photo: NAU
会場でとくに印象的だったのは、アダム・グッドラムによる「Mega Tulip」ラウンジチェアだ。じつはこの椅子のシリーズ「Fat Tulip」は、世界中のエルメス店舗で使用されている。
「この椅子はどの角度から見ても美しく、自然なデザインなんです。クラシカルな要素を持ちながらもモダン。そのバランスが歴史あるグランメゾンの目に留まったのだと思います」とムナオ氏。
現在、東京を含め、世界中の様々な国の店舗に設置されている。世界屈指のラグジュアリーブランドが認めた美学がそこにある。
一流デザイナーが描く、"理想のリビング"の条件
「Billo」ソファに座るリチャード・ムナオ氏。
「アダム・グッドラムは私にとって、デザイン界のクリエイティブディレクターのような存在です」とムナオ氏は表現する。シドニー工科大学で産業デザインの講師をしていたグッドラム氏との関係は、2014年に始まった。
「彼は他のデザイナーと競い合うのではなく、業界のメンターのような存在。若いデザイナーたちにも惜しみなく指導する人なんです。家具だけでなく、LVMHグループとの仕事や時計のデザインまで手がけています。これから世界中でその名前を聞くようになるでしょう」
実際にパビリオンで初披露された「Arch」チェアは、グッドラム氏の最新作だ。メルボルンで製造される「Nami」テーブルとともに、日本市場向けに現地生産も検討されている。
環境配慮が"最高の贅沢"になる時代
NAUの哲学は、長寿命のデザインにある。「私たちの原点となるCult Designという輸入代理店では、美しいスカンジナビアブランドを扱っていますが、その理由は品質の高さと長寿命にあります。今年、オーストラリアではセブンチェアの70周年を祝いました」とムナオ氏は語る。
デザイナーへの依頼時には、必ずこう伝えるという。「永続的に愛されるデザインを。そして回収後も長く使い続けられるものを」この哲学は会場のあらゆる家具に反映されている。
特に印象的だったのは、アダム・コーニッシュによる「Terrace Chair」と「Terrace Stool」の座り心地だ。「ワイヤーチェアは一般的に座り心地が良くないとされますが、このチェアは形状設計により長時間座っても快適です」。実際に座ってみると、その快適さに驚かされる。
オーストラリアパビリオンの入口エリアに設置された「Terrace Chair」で休憩する来場者たち。ワイヤーチェアとは思えない座り心地の良さに、多くの人が足を止めてゆっくりと過ごしていた。NAUの家具が持つ機能美を物語る光景だ。
"しがらみのない発想"が生み出すオーストラリアデザイン
アダム・グッドラム「Harbour Lounge Chair」
「オーストラリアのデザイナーには、デンマークやイタリアのような過去の巨匠たちの重荷がありません。それが自由で革新的なデザインを生み出す源泉です」とムナオ氏は説明する。確かに、マーク・ニューソンの例を見ても、しがらみのない発想から生まれる独創性がオーストラリアデザインの特徴だ。
ティモシー・ロバートソン「Pa Lounge Chair」。こちらはオーストラリア原住民のテキスタイルを使った特別仕様。
ケイト・ストークス「Jolly Double Pendant」
トム・フェレデイ「Nami Dining Table」
アダム・グッドラム最新作の「Arch Chair」
「Pa Lounge Chair」
NAUのコレクションは、椅子やテーブルからワークステーション、ベッド、照明、アクセサリーまで幅広く展開している。来月行われるデザインフェスティバル「3daysofdesign」ではコペンハーゲンのデザインミュージアムの向かいで、初出展も予定されている。
創業者が明かす、NAUの"野心的ビジョン"
ムナオ氏は最後に、ブランドの使命について語った。「私たちの目標は、オーストラリアのデザインを世界に知ってもらうことです。建築ではすでに成功していますが、次はプロダクトデザインの番です」
特別イベントゾーンに飾られていた1970年の大阪万博オーストラリアパビリオンの写真。
1970年の大阪万博オーストラリアパビリオンの模型。
NAUが提案するのは、単なる家具ではない。環境への責任と美しさを両立した、新しい価値観そのものだ。オーストラリアの自由な発想と日本の職人技術が融合したとき、そこには確実に未来のライフスタイルの形が見えてくる。13年前から先駆的に取り組んできたサステナブルな姿勢は、今まさに時代が求める「本当の贅沢」の定義を示している。