文化系ネオクラシック車と30人の男たち
1980〜90年代のネオクラシック車が人気だ。
メーカーの姿勢が伝わる個性的なつくりや、
機械の調子を感じながら付き合うのが楽しい。
そんなクルマ生活にハマった30人を紹介します。

13:
シトロエン・エグザンティア ブレーク
(1996年式)
豊田光信さん(ヘアサロン KATE 代表)
ハイドロの極楽な乗り心地から抜け出せない
ネオクラなクルマに求める理由のひとつに「今のクルマでは得られないアナログな乗り味」というのがある。それはコストを度外視してつくられた乗用車の滑らかな乗り心地であったり、大衆的な小型車のチープさが逆に味わい深く感じられたりと、人によってさまざま。
フランスが誇る異端、シトロエンはそのどちらにも属さないのだが、オイルと窒素ガスを混ぜたハイドロニューマティックサスペンション(ハイドロ)による柔らかな乗り心地は筆舌に尽くしがたいもので、今もこの複雑なサスを採用していた時代のシトロエンを求めるファンは多い。今回は、そんなシトロエンの“色”をなお残す「エグザンティア」(1993~2001)をご紹介。

「ブレーク」という名前のとおり、豊田さんの個体はレアなワゴンタイプ。多くは5枚ドアのハッチバックセダン。一見地味だが、よくまとまった美しいデザインには、イタリアのカロッツェリア(デザイン会社)・ベルト―ネも関わっている。
表参道に本店を構えるヘアサロンKATEのオーナースタイリスト、豊田光信さんは、自宅から同店までの通勤に毎日エグザンティアを使っている。
「勤めていた時代には手が届かなかったクルマを、独立をきっかけにいよいよ手に入れたいと思い立ったんです。最初の一台が古いシトロエンというのは勇気が要りましたが、かつて美容業界の先輩がシトロエンのAXという小型のハッチバックに乗っていたことが強く印象に残っていて、あの独特な感じが忘れられなかったんですね」
そして2019年、webで「ワンオーナー、走行距離5.5万km」という極上の売り物件を長野県のショップで見つけ、クルマに詳しい知人のフォトグラファーとともに赴き即決した。

ハイドロの油圧を支える役割を果たす「スフィア」と呼ばれる球状の部品。
そしてなんといっても深みにハマる人が多いのが、ハイドロの乗り心地。シトロエンは2015年まで製造されたミドルセダン「C5」を最後に、この複雑なハイドロを採用しなくなったため、エグザンティアは今や稀少なハイドロシトロエンの生き残りだ。

センターコンソールに備わるレバーを動かすだけで車高が上下する仕組み。車高を上げた状態は、タイヤがパンクした際や下回りにトラブルが発生した際にジャッキアップ替わりになる(走行は不可)。

インパネは、先代のBXなどと比べるとユニバーサルなデザインに。古いシトロエンファンからは“普通”と評されることも多いが、このベーシックさが90年代のフランス車らしくてよい。シートはとてもよくできていて、お尻を優しく包み込んでくれる。「このシートは本当に疲れ知らず。素晴らしいです」。
「夫婦でキャンプに行くことも多いのですが、ハイドロの足回りが本領を発揮するのは高速のクルージング。ガタゴトと路面の凹凸を乗り越えたあとに、上下に浮遊するようなフワッとした余韻が残るのですが、これを一度体感してしまうとやめられない。柔らかなクッションが入ったシートの座り心地も相まって、本当にリラックスした気持ちで運転できます」
シトロエンのハイドロは、前述のとおりオイルと窒素ガスを混ぜ合わせている。その緑色のオイル(LHM)は、シトロエンの血液ともいわれるほど重要な役割を果たすもの。だが、オイル漏れのトラブルは、古いシトロエンオーナーであればお約束。漏れ出した箇所によって重症度は異なるが、大きく漏れた場合は修理の手間が大きくなることも。
「幸いにも、自分は今のところ大きなトラブルに見舞われていないですが、やはり漏れやにじみは避けられません。定期的に専門店のオートモービル木村さんで見ていただいているので、そうした定期メンテナンスが大事になってくるのだと思います」
初めての愛車にして、ハイドロシトロエンの虜になってしまった豊田さん。良好なコンディションを保つエグザンティアとの蜜月は当面続きそうだ。

豊田光信さん/ヘアサロン KATE オーナー
1977年生まれ。美容専門学校を卒業後、19歳の時にヘアサロン「SHIMA」に入社。2015年、KATEに代表として参加。現在は4店舗を経営する。
Photos: Mitsuru Nishimura