その土地ならではの美食を楽しむための宿、オーベルジュ。近年日本でも盛り上がりを見せている旅の目的地の一つだ。そんな中、フードエッセイストの平野紗季子さんが足を運んだのは長崎県の壱岐島で3月にオープンしたばかりの「彼は誰」。豊かな島の食材をふんだんに使った料理と、島の景色を最大限に取り込んだ宿を堪能する大人旅を紹介。
著書に『生まれた時からアルデンテ』『ショートケーキは背中から』など。今年4月にはポッドキャスト番組を書籍化した『おいしくってありがとう 味な副音声の本』を発売。

「疲れ切った日々から、感動する主体としての自分を取り戻す旅へ。1秒でも長くおいしい時間が続いて欲しい人間にとって、オーベルジュは夢。」
──平野紗季子

玄界灘沖、福岡県と対馬の中間に位置する島。そんな壱岐出身で、建築と料理のスペシャリストである3人の同級生が手がける「彼は誰」はまさにオーベルジュの理想形。まるで海に浮かんでいるかのような景色が楽しめるレストランと、宿の名前の由来でもある、日の出直前の空模様を表現した色合いが美しい、一日一組限定の客室が織りなす至極の空間が、特別な旅の時間を約束してくれる。
圧巻の13品。壱岐の食材と景色を堪能するディナーコース
東京の名だたるレストランでの修業の後、福岡のホテルで総料理長を務めた経歴をもつシェフ・辻信太郎氏。ディナーコースのメニューに記されるのは料理名ではなく、13個の食材名のみ。窓から広がる美しい海を眺めながら、島の素材がどう調理されるのか、心待ちにする時間も贅沢だ。
01|トマト

トマトとモッツァレラのタルトからコースがスタート。地元で収穫したトマトは2時間乾燥させ甘い味わいに。トマトの下には玉ねぎとセロリを忍ばせて。
02|牡蠣

壱岐島で養殖された牡蠣に、鶏のブイヨン、レモン、エルダーフラワーのビネガーを用いたソースとハーブオイルを。クリーミーな牡蠣と酸味のきいたソースが絡み合う。
03|アスパラガス

採れたての新鮮なアスパラガスは、中央から下部分を玉ねぎとソテーしたペースト(手前)と、穂先をフリットにした二品。フリットに添えられたマヨネーズにはアンチョビクッキーと乾燥させたベーコンが。
04|鰺

壱岐の魚の中でも漁獲量が多い鰺を丁寧に処理し、塩とアップルビネガーで漬け込む。加えて、赤大根のマリネにトマトのシートをかぶせ、いちごのピクルスとクッキーを散らし、上から桜で香りづけされたトマトスープを。春らしい彩りが目にもおいしい一皿。
05|はったい粉

はったい粉と呼ばれる大麦を煎った粉を発酵させた自家製のパン。しっとりとした焼き具合に、ホエイを使ったホイップバターの酸味をのせれば、舌が大変に心地よい。
06|サザエ


スープドポワソン仕立てのつぼ焼き。サザエを丸ごと魚のだしに入れて蒸し、出来上がったスープで下処理をしたものをつぼ焼きに。身を食べ終わったあとは、香ばしさと磯の香りがしっかりと残った絶品のスープを殻から直接飲み干したい。
07|イカ

丸く艶めくパイの中にはケンサキイカが。細かく刻まれたイカのエンペラ(ミミ)、ゲソ、ワタ、軟骨を菜の花とともにパイ包みに。ソースはカブと柚子のピューレ。苦みと甘み、フレッシュな香りでイカのパイを斬新な変化とともに楽しめる。
08|甘鯛


シェフが世界最高の漁場と語る玄界灘。彼は誰では季節ごとの旬の魚を楽しめ、この日は肉厚な甘鯛をポワレで。バターの豊潤な香りとエシャロットやビネガーの酸味がきいたブールブランソースが甘鯛の味わいに奥行きをもたらす。また、レストランではワインも豊富にラインナップ。今回おすすめしてもらったのは6種の白ブドウがブレンドされたカリフォルニアの「ラヴ・ホワイト」と南アフリカのカベルネ・ソーヴィニョン「ザ・プレス・クラブ」。
09|壱岐牛

今宵のメインは壱岐牛のステーキ。梅嶋牧場から仕入れたミスジをロースト。仕上げは豪快に炭であぶり、鶏と玉ねぎのブイヨンを加えたジュドヴィアンドソースを。しっかりとした肉の旨味にもかかわらず脂は軽やかかつ驚くほど柔らかい歯ざわりで、ペロリと食べられてしまう。ガルニチュールには、スナップエンドウ、タラの芽に加え、壱岐黄金と呼ばれる壱岐名産のじゃがいものフリットが。
10|アワビ

「フレンチのコースで炭水化物が…!」と平野さんが歓喜したのは、なんとアワビの中華そば。地鶏を使ったブイヨンで殻ごと3時間蒸したアワビと、シェフが自ら打った全粒粉の麺を締めにする贅沢さは筆舌に尽くしがたい。
11|柑橘

デセールでも壱岐の香りがふんだんに楽しめる。壱岐産の2種の柑橘の実やジュレに、グリークヨーグルトをのせてさっぱりとした味わいに。
12|いちご

「ゆめのか」のショートケーキをぐるりと囲むのは、飴細工。
13|かすまき

壱岐の銘菓「かすまき」をアレンジ。通常、中にはあんこが包まれるが、こちらは代わりに3種のキャラメルが。伝統に新しさが加わる「温故知新」な一品でコースが終了。
「彼は誰」
長崎県壱岐市芦辺町芦辺浦648-2
(おまかせコース/朝食プラン) 金〜月曜 1泊2食付き¥38,500/1名
(素泊まりプラン) 火・水・木曜 ¥16,500/1名
※レストランのみの利用も可。コースの内容は時期により変更あり