2025.06.06
最終更新日:2025.06.06

【稲田俊輔のニッポン偏愛「麺」紀行 |PART.3 やわうどんの逆襲】だしを引き立てる柔らかな麺がウマい

【稲田俊輔のニッポン偏愛「麺」紀行 |PART.3 やわうどんの逆襲】だしを引き立てる柔らかな麺がウマい

料理人・文筆家であり、「ナチュラルボーン食いしん坊」を自称する稲田俊輔さんが、日本各地の「麺」文化の奥深さを熱烈な愛とともに綴る。飽くなき探求心で、未知の「麺」のウマさを発見!

稲田俊輔プロフィール画像
稲田俊輔

鹿児島県生まれ。料理人・文筆家として活躍。2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。『異国の味』『食いしん坊のお悩み相談』など著書多数。本誌では連載「稲田俊輔のうまいものだらけ」を担当。

だしを引き立てる柔らかな麺がウマい

うどん イラスト

 日本におけるうどんシーンは、「さぬきうどん」がその覇権を握ったと言っても過言ではない状況です。強靱なコシと豊かな小麦の旨味と香り、そしてそれを引き立てる、シンプルながら印象の強いつゆ。そこには、王者の名に相応しい貫禄があるのは間違いありません。

 しかしそこで僕がどうしても世にもっと知らしめたいのが、全国に点在する「やわうどん」の尊さです。柔らかな麺が清澄なつゆにはんなりと寄り添う、麺よりはむしろだしが主役と言ってもいいうどんです。だしを主役とした時、うどんそのものの存在感はあえて一歩引いた存在である必要もあり、そこでは麺のなめらかさや、だしにしっとりと馴染む柔らかさがむしろ重要です。

 そんなやわうどんの聖地とも言えるのが福岡。福岡と言えばとんこつラーメンのイメージが強いですが、ここまでメジャーになったのは比較的近年であり、博多っ子は元々うどんの方が好きなのだ、なんてことを言う方も少なくありません。タモリさんもそんなことを言ってましたね。

 博多うどん三大チェーンと言われるのが、資さんうどん、ウエスト、牧のうどん。この中で、僕が福岡を訪れる度に必ず最低一回は食べるのが〔牧のうどん〕です。牧のうどんの麺は、僕が知る限り福岡でも最も太く、そして柔らかい。だしが贅沢に昆布を効かせたかつおだしであることも含め、煮干しだし主体であることの多い博多うどんの中では、異端と言ってもいい存在です。

 牧のうどんの麺はあまりにも柔らかく、丼鉢の中でもぐんぐんだしを吸って膨らんでいきます。なので「食べても食べても麺が減らない」とも言われます。これは、飲むスピードより早くだしが枯渇していくことも意味しますので、小さなヤカンに入った追加だしも添えられます。何を言っているのかわけがわからないかもしれませんが、こればかりは百聞は一見に如かずです。

 牧のうどんの麺を食べていると、柔らかさの奥に「コシの残像」のようなものを感じます。ある種のグラデーションがあり、決して均一な柔らかさではない。だしのおいしさもさることながら、それがこのうどんの魅力だと思います。

 やわうどんの聖地と言えば、もちろん大阪も外せません。関西のだし文化を象徴するかのように、街角の至る所で、これがこの値段でいいの?みたいな安さで気軽に楽しめます。ただし大阪の飲食シーンは常に時代に合わせたアップデートを怠らない傾向が強く、特に品質の高さを売りにする個人店などでは、比較的コシの強い手打ちうどんが増えていたりもします。「大阪讃岐うどん」という、「どこやねん!」とツッコミ待ちのようなムーブメントも起こっています。確かに讃岐と大阪のいいとこどりといったおいしさで、さすが食の都・大阪といったところですが、今回はあくまでやわうどんの話です。

 僕にとって関西やわうどんのもうひとつの聖地が、大阪のお隣の京都です。大阪のうどんと京都のうどんは、一見似ているけど結構違います。京都の方が麺が細く、大阪のだしが昆布主体で甘めの味付けなのに対し、京都はかつお主体でしょっぱめ。関西うどんのシグネチャーメニューとも言える「きつね」も、大阪では甘くふっくらと煮た大きな揚げがのりますが、京都では味付け無しの刻んだ揚げと九条葱がのります。正直なところ、僕の好みはどちらかと言えばこちらです。あくまで好みの話ではありますが。

 京都の大衆食堂の主役はうどんであることが多く、「麺類食堂」とも呼ばれます。本当にどこで食べても抜群においしいので、見かけたら迷わず入って欲しいのですが、強いて一店挙げるなら京都市北区の〔大力本店〕をお勧めします。こちらの「のっぺい」は、言うなれば「一鉢の京料理フルコース」。湯葉、生麩、筍、椎茸、かまぼこなどの多彩な具がとろりとしたあんで仕上げられ、三つ葉がふわりと香ります。かつおを効かせつつすっきりと清澄なだしは、大袈裟でなく京割烹にもひけを取りません。

 こののっぺいもそうですが、京都のうどん屋さんでは、ぜひあんかけ系のメニューを優先的にお選びください。細くはんなりとしたやわうどんが、なめらかで香り高いあんと絡まり、なんだかとんでもないご馳走を食べている気分になります。

 やわうどんのダークホースが、「伊勢うどん」。実は僕は長年この伊勢うどんに偏見があり、ずっと手を出してきませんでした。極太のやわうどんに濃厚なタレが絡まるこのうどんは「みたらし団子のような味」と形容されることが多く、甘いみたらし団子がやや苦手な僕は、つい敬遠してしまっていたのです。

 しかしそれは完全に誤解でした。確かに甘いです。しかしその甘さは、ちょっとびっくりするくらい濃厚なだしの旨味やたまり醬油の複雑な味わいと調和し、やわうどんならではのダイレクトに舌を直撃する小麦そのものの滋味と一体化したそれは、実に奥行きのあるおいしさでした。

 伊勢うどんの麺もまた、牧のうどんと同様、柔らかさの奥にコシの残像があります。もしかしたらそれこそが、やわうどんに魅せられる本質的な要素なのではないかと思ったり思わなかったり。とにかく、伊勢うどんを巡る僕の旅は、まだこれからです。どうもお店ごとの個性もかなり様々なようで、マイベスト伊勢うどんに巡り合うための旅は、相当エキサイティングなものになりそう。皆さまもぜひご一緒にいかがでしょう?

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