2025.09.17
最終更新日:2025.09.17

ココイチのカレーライス、「グチャ混ぜ」の誘惑【稲田俊輔のうまいものだらけ|第6回】

博覧強記の料理人・稲田俊輔が、誰もが食べることができながら真の魅力に気づけていない、「どこにでもある美味」を語り尽くす。

第6回|ココイチのカレーライス、「グチャ混ぜ」の誘惑

 カレーライスというものはですね、食べたい人が、食べたいときに、食べたいように食べればいいんです。食べ方に決まりなんてありません。自由です。

 何を今さらそんな当たり前のことを、と思うかもしれませんが、そんな当たり前の自由が侵害されている人々がいます。それは、カレーライスをいきなりグチャグチャに混ぜて食べたい人々です。

 グチャ混ぜ派……いや、こういう呼び名が既に若干差別的なので、ここではミックス派としましょう。ミックス派は虐げられています。当たり前の権利として、目の前のカレーとライスを丹念に混ぜて食べ始めたら、下手をしたら周りの人に怒られることだってあります。いや、怒られるくらいならまだマシかもしれません。大抵の場合は、見て見ぬふりをされます。もっと直截的に言うならば、目を背けられます。

 ミックス派は深く傷付きます。背けたその目の奥に、侮蔑の色があることに気がついてしまうからです。ミックス派は、丹念に混ぜられたカレーライスの上に、ポトリと涙をこぼします。気づかれないように慌ててそれも混ぜてしまいます。カレーライスは少しだけ、しょっぱさを増します。

 こんな悲劇が許されていいのでしょうか。そもそも、カレーをグチャ……いや、丹念にミックスして食べるのは、汚いことでもなければ下品なことでもありません。カレーの本場インドでは、カレーをライスで食べる場合、基本的には丹念にミックスします。インドカレーと一言で言ってもさまざまなので、中には例外も無いではないのですが、インドの総人口14億余のほとんどはミックス派と言ってもいいでしょう。

 インドのライスはパラパラした長粒米だからふっくらした日本米のカレーライスとはわけが違う、と言う人もいるかもしれませんが、日本にだって丹念にミックスする前提のカレーは結構存在します。大阪の老舗洋食店〔自由軒〕では、カレーとライスが最初から丹念にミックスされており、さらにそこに生卵が乗せられます。日本最古のカレー専門店のひとつである東京・銀座の〔ナイルレストラン〕では、混ぜることが強要されます。驚くなかれ、それは「推奨」ではなく、あくまで「強要」です。

 カレーの本場や老舗の名店ならグチャ混ぜが許されて、市井の民の自主的なグチャ混ぜが白い目で見られるなんて、それは悪しき権威主義以外の何物でもないのではないでしょうか。

 ……と、熱く語る僕は、(本場風のインドカレーはともかくとしても)カレーライスは混ぜません。一般的に日本人は、ライスとカレーが左右もしくは前後で整然と分けられたその境目付近にスプーンを差し入れ、その辺りだけを、混ぜるような混ぜないような曖昧な所作で馴染ませて、そのまますくって頰張ります。もしくはライスの上からカレーが満遍なくかけられたカレーライスを、そのレイヤーを崩さぬよう、皿の底からすくって口に運びます。僕のカレーライスの食べ方も、まさに極めて平凡なそれです。

 所作の曖昧さは、いかにも日本人的です。レイヤーを崩さないのは、日本人が慣れ親しんだ丼物に対する態度の継承です。だから日本人である僕がカレーライスをそうやって食べるのには、何の不思議もありません。しかしそこには少しだけ、「小せえな」「つまらん人間だな」という、自嘲めいた気持ちも無きにしも非ずです。

 そんな僕が、絶対にグチャ混ぜにして食べるカレーライスがあります。それが、「ココイチのチキンカツカレー2辛チーズトッピング」。僕がこの食べ方に行き着いたのは、ある興味深い話を聞いたのがきっかけでした。その話は、こういうものでした。

 日本全国に店舗を展開している〔カレーハウスCoCo壱番屋〕。もちろん沖縄にも店舗があります。沖縄のココイチは、若い米兵たちにも大人気だと言います。彼らが決まってオーダーするものこそがチキンカツカレー。そこに必ずチーズをトッピングするそうです。そして彼らはそれを、最初から全部グチャ混ぜにして食べます。

 アメリカ人である彼らにとって、カレーライスは決して馴染み深い食べ物ではありません。しかし彼らはそのチキンカツカレー・チーズトッピングを、テクス・メクス的な料理のバリエーションのように解釈しているのではないか。その情報をもたらしてくれた人は、そう考察しています。

 テクス・メクスという料理ジャンルはおわかりでしょうか。簡単に言うと、タコスを中心とした、アメリカ風メキシコ料理です。沖縄では、それが日本的にアレンジされた「タコライス」が有名。つまり腹ペコヤングな米兵たちはそのカレーを、「タコス並みに俺たち好みでタコライスにも負けないくらいパワフルな素晴らしい食べ物」として熱愛しているということになります。

 こんな素敵な話を聞いて、チキンカツカレー・チーズトッピングをグチャ混ぜにして食べてみたいと思わない人はいるでしょうか? 想像すればわかると思いますが、これはかなりまったりした食べ物でもあるので「2辛」の辛さでそれを程よく引き締めるのが僕のおすすめ。グチャ混ぜ否定派の方こそ絶対に試すべきカレーライスです。これは推奨ではありません。強要です。

ココイチのカレーライス、「グチャ混ぜ」の誘惑
稲田俊輔

料理人・文筆家。「エリックサウス」総料理長を務めながら、さまざまな食エッセイを執筆。近著に『食の本 ある料理人の読書録』(集英社)や『ベジ道楽』(西東社)などがある。

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