博覧強記の料理人・稲田俊輔が、誰もが食べることができながら真の魅力に気づけていない、「どこにでもある美味」を語り尽くす。
第10回|ゆで卵もくもく
とある喫茶店のモーニングで、異常に殻が剝きにくいゆで卵に出会ったことがあります。そこは、カフェという言葉は全く似つかわしくない、昔ながらの「喫茶店」です。
ご存じの方も多いと思いますが、ゆで卵は卵が新鮮すぎると殻が剝きにくくなります。しかし、茹でる前に底部の殻を軽く割ったり専用の器具で針穴を開けたりして、なおかつ茹でた後すぐ流水に晒すなどして手早く冷ましたら、かなり剝きやすくなります。その喫茶店のゆで卵は、その全てを無視した、つまり「新鮮」「穴開けず」「水に晒さず」の三要素を完璧に満たしたものだったのではないかと思います。そうでなければあそこまで剝きにくいゆで卵にはならないはず。もしかしたらあれは、僕が生涯で出会った中で、最も剝きにくいゆで卵だったかもしれません。
その店では、スパゲッティ・ナポリタンが売りのひとつです。かなり変わったナポリタンで、単にケチャップで炒めるだけではなく、焦げんばかりに、というか焦げるまでしっかり焼き付けた、見た目からして黒っぽい仕様です。これが実はめちゃくちゃおいしいのですが、知らずに頼んだ人からの「焦げてる」「苦い」というクレームに対して、お店の方が「これがウチの味だ」と毅然と反論して収拾がつかなくなる、という今どき珍しいハートフルな場面に出くわすこともあります。
何しろその店は、そういう「信念の店」なのです。だから地元で長年支持され続けています。あの異常に剝きにくいゆで卵だって、それは信念の賜物だったのかもしれません。あくまで新鮮な卵にこだわり、そして卵本来の風味を逃さぬために、穴も開けないし水にも晒さない。それこそが本来のゆで卵である、みたいな。
ただその信念のゆで卵に困惑したのは、どうも僕だけではないようで、レビューサイトで見かけたある人は「殻を剝いていったら最終的に黄身だけになった」と呆然としていました。いったい毎朝あの店で、どれほどの白身が殻に付着したまま捨てられているのか。想像したらちょっとムズムズします。
ともあれ、ゆで卵と言えば喫茶店のモーニングです。もちろんそれは固ゆでです。逆にそれ以外で最近固ゆでのゆで卵を食べたことはありますか? 半熟卵や温泉卵なら、何かとしょっちゅうお目にかかるでしょう。ラーメン屋さんでトッピングについ半熟煮卵を追加してしまう人も少なくないはずです。100円で手に入る幸せとして、あれはなかなか秀逸なものです。現代は半熟の時代です。
ここで少し歴史をひもといてみましょう。時は江戸時代、日本で最初に持て囃された半熟卵は、京都の料亭〔瓢亭〕の、その名も「瓢亭玉子」です。秘伝の製法で作られたそれは、当時の食通たちを唸らせました。しかしそれは、あえて野暮なことを言えば、ただの半熟卵です。公平に見て、ラーメン屋さんのそれと何かが決定的に違うわけでもありません。なんなら独自の味付けを工夫する半熟煮卵の方が、料理としてはより進化していると解釈することすら可能です。
そして瓢亭玉子がいくら評判になったからと言って、そんな店に行けるのは、京の都に住む裕福な旦那衆だけだったはずです。しかし今を生きる我々は、誰もが当たり前のように半熟卵の愉悦を享受できるようになりました。言わば半熟卵の民主化です。それをもたらしたのは、生産、流通、そして低温調理器などの道具の進化。我々はもう少し、今という時代に生を受けたことに感謝するべきなのかもしれません。
そんな現代において、固ゆで卵はいささか冷遇されがちです。昔ながらのラーメン屋さんでは今でもラーメンに半分に切った固ゆで卵がトッピングされることがありますが、さほど有り難がられている様子もありません。シーザーサラダにのる温泉卵を割る瞬間、人々は期待に目を輝かせますが、コンビネーションサラダという半ば死語のようなサラダにのる固ゆで卵のスライスは、レトロな懐かしさという側面くらいでしかその価値を語られません。
しかしこの固ゆで卵、たまに食べると妙においしいんですよね。それは間違いなく幸福感と言っていいものです。もちろんそれは、温泉卵や半熟煮卵のように、口に入れると瞬時にとろりと広がる、即効性のある幸福感とは明らかに違います。固ゆで卵の幸福は、口中の水分を奪われながらもつっかえつっかえ咀嚼していく中で、じわりじわりと染み出してくるものです。それでいて、嚥下した後には特に何の余韻も残さない。辛抱強く向き合った後、霧の如く消えていく淡き夢。
日本語は、食べ物にまつわる擬態語や擬音語が実に豊かな言語です。細い麺はちゅるちゅる、あんパンはむしゃむしゃ、天ぷらはサクサク。固ゆで卵の場合はどうでしょう。僕は「もくもく」です。もくもくと食べたゆで卵が、喉の奥で微かにつっかえる。慌ててコーヒーを流し込む。やはりゆで卵が一番似合うのは朝の喫茶店なのかもしれません。朝は大概あわただしいものなので、正直、殻は剝きやすくしておいていただけると助かります。
料理人・文筆家。「エリックサウス」総料理長を務めながら、食エッセイを執筆。近著に『食の本 ある料理人の読書録』(集英社)や『ミニマル料理 日々の宴』(柴田書店)がある。