博覧強記の料理人・稲田俊輔が、誰もが食べることができながら真の魅力に気づけていない、「どこにでもある美味」を語り尽くす。
第11回|働く男のドミノデラックス
ジャンクな食べ物、と言われる概念があります。語源とも言える「ジャンクフード」はアメリカ生まれの言葉です。本来は、カロリーが高い割に栄養価の低い食べ物、という程度の意味で、主にファストフードや安価なお菓子などを指します。しかし日本ではその意味が少し拡大し、やたら濃くて一本調子な味付けを含む概念になっているように見受けられます。
もちろん僕も、そんなジャンクな食べ物は嫌いではありません。毎日そればかり、というのはさすがに御免被りたいものですが、時折どうしても食べたくなりますし、そうなるともう矢も盾もたまらなくなる。多くの人にとって、ジャンクな食べ物とはそういうものなのではないでしょうか。
数あるジャンクな食べ物の中で、僕が一際愛していると言っていいものが「ドミノ・デラックス」です。これは言わずと知れたドミノ・ピザの看板商品で、ペパロニ(サラミ)やイタリアンソーセージ、マッシュルーム、ピーマン等がのった、極めてオーソドックスなピザらしいピザです。
僕がこれを食べるのは、主に出張中の夜中のビジネスホテルでです。外での仕事を終えて夕方ホテルに帰還、しかしまだ仕事は残っているので、ビールを飲みつつ片付ける。終わったらどこに何を食べに行こうかなあ、といくつかの飲食店を思い浮かべてウキウキしながら仕事を進めるも、なかなか終わらず、候補店は次々とラストオーダーの時間を迎えていく。わずかに残る店も、閉店間際に慌ただしく行くのもなんだなあ、と気が引けるような時間になってきたころ、ドミノ・デラックスという「名案」が急浮上してくるのです。
いや、もしかしたら僕は今、少し噓をついているのかもしれません。本当は最初から、半ば無意識のうちに、ドミノ・デラックスは候補に上がっていたような気もするのです。それをどこかやましいものとして封印していただけなのではないか。
そんな僕に、心の中の女神は優しく微笑みつつ、しかし毅然と告げていました。
「可及的速やかに仕事を終わらせるのです。そうしたらあのレストランにもあの酒場にも行けるのですよ」
しかし一方で、僕の心の隙間を見透かしたように、悪魔はニヤリと嗤ってこんなことを唆します。
「焦るこたあねえよ。ダラダラやったら面倒無しにドミノ・デラックスにありつけるぜ」
なので結局、夜中近くになったころ、表層意識上は「仕方ないなあ」と、しかし深層心理的には「しめた!」とばかりに、僕はドミノ・ピザに電話をします。
一応あらかじめサイトでメニューは開きますが、ドミノ・デラックス以外に目移りすることは絶対にありません。メニューページのトップには、期間限定の賑々しいクアトロ・ナントカ的なやつの写真が踊っていますが、フンと鼻で笑って終わりです。「ガキじゃねえんだからさ」と、勝手にハードボイルドな気分に浸って悦に入ります。
首尾よくドミノ・デラックスの発注が完了したら、到着までの時間を使ってさっきまでの仕事の成果物を一通りチェックします。ただし頭の中は既にドミノ・デラックスでいっぱいなので、チェック機能はたぶんほぼ働いていません。
そうこうしているうちに、待望のノックが鳴り、あの頼もしい箱が届けられます。とりあえずそれを最も冷めにくい場所、すなわちベッドの上に置いた後、まずやることがあります。これは書くべきか書かざるべきかたいへん悩むところなのですが、書きます。全裸になります。
なぜそのようなわけのわからない行動に至るのか、その時の心象風景を丹念に書いていったら、それはもしかしたら一編の純文学(ただし誰も読みたがらないタイプの)にでもなりそうな気もしますが、ここはそういう場ではないので自粛しておきます。
ただあえて少しだけ書くと、僕はこの時、レストランでは絶対にできないことをしたいんだと思います。ああ女神様、お許しください。私は悪魔に魂を売り渡してしまいました。
そしてサバトが始まります。ひたすらピザに齧り付き、それをビールで流し込む。ただそれだけの儀式を繰り返し、ワルプルギスの夜は更けていきます。
そんな時のドミノ・デラックスの味を事細かに思い返すと、果たしてこれは本当に「ジャンク」と言っていいのだろうか?という疑念が沸々と湧いてきます。ドミノ・デラックスを構成する各要素は、イタリア生まれアメリカ育ちの伝統的な食材ばかりです。そのランダムな組み合わせは、ひと口ごとに微妙に変化する表情を見せ、終始飽きさせることがありません。カロリーは低くはないかもしれませんが、ビタミン豊富なトマトが凝縮したピザソースのおかげもあり、栄養バランスは決して悪くはありません。
我々はもっと堂々とドミノ・デラックスを愛で、もっとまっすぐに賞賛すべきなのかもしれません。そして僕は何も全裸になる必要はないのかもしれませんが、これはもうクセになっているので、今さら止められそうにはありません。ああ女神様、どうかお許しください。
料理人・文筆家。「エリックサウス」総料理長を務めながら、さまざまな食エッセイを執筆。近著に『食の本 ある料理人の読書録』『東西の味』(ともに集英社)などがある。