40歳ともなれば、積んだ経験、仕事と家庭、出会う人…それらとともに自分だけの定番が変わりゆくもの。そんなエピソードを8人の大人がエッセイでつづる。
生活に馴染む、ニューバランスの990と機能ジャケット
文・野村 空人(バーテンダー)
ロンドンにいた20代、服はもっと自由で、もっと外向きなものだった。古着も着るしブランドものにも興味があるし、シーズンセールになればデパートにも足を運んだ。特に、住んでいたイーストロンドンは古着の宝庫で、山のような服の中から宝探しみたいに掘る時間も好きだった。好きなストリートブランドのロゴが大きく入った服にもまったく抵抗がなかったし、むしろそれが自分を語ってくれる感覚があった気がする。
東京に帰国してからの30代、仕事を通して本当に多くの人に出会うようになってから、服との距離感は少しずつ変わっていった。経験が積み重なるにつれて、自分に似合うもの、無理のないものが自然とわかるようになったと思う。今は、ブランドの世界観に自分を委ねて代弁してもらうような服は着なくなった。服は主張するためのものというより、生活や仕事のリズムに静かに寄り添ってくれる存在であってほしい。
現在40代、物欲があるかと言われると、正直あまりない。ただ、生活に必要なものは確実にある。長い立ち仕事や、子供と過ごす時間には機能的なものがいい。さらに、お店ではスタッフに、家庭では子供に、責任のある立場になったという役割の大きな変化があり、出会う方々の幅も広がり続けている中で、適切な格好をしたい。だから自分が惹かれるのはオールラウンダーなアイテムだ。どんなシーンでも使えて、季節をまたいでも無理がなく、何より楽に過ごせること。それが今の基準になっている。靴で言えば、ニューバランスの990番台に行き着いた。半日以上立ち続ける仕事だから、履き心地は最優先だし、最近はジャケットを着る場面も増えたので、カジュアルとフォーマルの間に自然に収まるバランスも重要だった。子供の頃の兄への憧れもあってニューバランスはずっと好きで、ロンドンにいた時は1300や1500も履いてきた。VANSやAIR MAXのように、ストリートカルチャーの匂いがするスニーカーも一通り通ってきたけれど、最終的に戻ってきたのが990番台だった。ジャケットを着るようになったのも、実はここ最近のことだ。パーティやケータリングなど、きちんとした装いが求められる場が増え、自由に服を選んでいた頃から、事業としての責任を意識するフェーズに入ったんだと思う。今、生活に必要な服を選んでいくと、結局また昔から好きだったニューバランスに辿り着く。その事実が、自分にとっては不思議でもあり、どこか安心できる。流行よりも、長く付き合える感覚を選ぶようになった。
約7年間ロンドンでバーテンダーとして活躍。帰国後にFUGLEN TOKYOを経て、NOMURA SHOTEN、Quatre Roomをオープン。バー監修やプロデュースも手がける。