2026.03.06
最終更新日:2026.03.06

【おしゃれな大人が語るセットアップの「新定番」】新しい存在として映る、着物風のセットアップ|文・渡邉康太郎(コンテクストデザイナー)

40歳ともなれば、積んだ経験、仕事と家庭、出会う人…それらとともに自分だけの定番が変わりゆくもの。そんなエピソードを8人の大人がエッセイでつづる。

新しい存在として映る、着物風のセットアップ

着物風のセットアップ
和服を着想源にした先進的なウェアが揃うミノトール インスト。防シワや速乾など多機能を備えた素材を使用。ブルゾン¥59,400・ボトムス¥49,500/ミノトール インスト

文・渡邉 康太郎(コンテクストデザイナー)

 1月末、アラブ首長国連邦、ドバイ──。雲に届く摩天楼や経済的な豊かさをまっさきに想起するこの街で、私は対比的に、歴史的な旧市街の静寂のなかに身を置いていました。アートフェスティバル「Sikka」にて、日本館のキュレーションを任されたのです。普段、私はコンテクストデザイナーという肩書を名乗って活動しています。企業や組織のミッション・ビジョン策定やロゴデザインをすることもあります。他方では「とつとつと」という本屋を仲間と営んでいます。ここではただ本が並ぶだけでなく、生活者の手書きの言葉が短冊に書き連ねられていく──。一見ばらばらに見えるかもしれませんが、核心は「ビジネスと人文学」、あるいは「経済と文化」という、異なる文脈のあいだに橋を架けることにあります。効率や成長を求める社会システムのなかで、いかに個人の切実な「生」や美意識を守り、表現するか。その実践の場として、今回は中東の地で「日本」の文脈を編み直す機会をいただいたのです。

 岡倉天心の『茶の本』から言葉を引き「不完全の崇拝」をテーマに据えました。完璧さや効率を求めがちな現代において、あえて欠けたものや移ろいゆくものに美を見出す。そんな日本の精神を、現代的に表現する試みです。アーティストを複数名招聘した展示のほかに、日本館に枯山水庭園をつくりたかったため、設営期間の日中は強い日差しを浴びながら石を運びました。他にも小間の茶室を設え、そこで亭主として茶を点てる計画がありました。

 では、どのような服装にすべきか。ここで衣服の選択に迷うことになります。これまでであれば、場面ごとに装いを明確に分けていました。ビジネスの場であれば社会的な役割を果たすべくスーツを着る。一方で茶会においては、紋付袴といった伝統的な装いをする。それはあらかじめ決められた「型」に自らを合わせることで、場に敬意を払う営みでした。しかしこの砂漠のなかの展示会場という現場ではどうでしょう。単に伝統的な美意識を教科書通りに伝えるのではなく、あくまで現代的な解釈によるプレゼンテーションをしたい。既存の型にはまらない、境界的な意図があります。そこで選んだのは、日本の着物でもアラブのカンドゥーラでもなく、MINOTAUR INST.の着物風セットアップでした。 一見すると着流しの着物や作務衣にも思えます。でも袖を通すと、驚くほど軽やかで現代的でもある。最新の機能素材を使いながら、構造は日本の伝統にヒントを得ている。これはファッションにおける現代の「見立て」であり、異なる文脈を編み直すものかもしれません。

 茶の湯では、千利休がかつて漁師の魚籠を花入に見立てたように、本来の用途や文脈をずらすことで新しい価値を生む営みが息づいています。この服もまた、一方ではスポーツウェアのような機能性をもちながら、他方で茶室での点茶に用いれば、背筋が伸びる儀式の服へと変わります。 吸水速乾に優れ、シワになりづらいメンテナンス性。ひとたび袖を通せば、しかし茶人としての儀式を執り行うための、静謐な空気を醸し出すことができる。

 このような見立ては今回の展示の意図にも通じています。件の枯山水では、白砂の代わりに現地のピンク色のライムストーンを敷き詰めて、「曙の光」に見立てています。日本の伝統や美意識をそのまま持ち込むのではなく、現地の素材で「翻訳」する──。服もまたそれに通じています。かつての私が囚われていたスーツか着物かという二択を手放し、機能性と情緒を兼ね備えた、あわいの領域にある選択です。

 会場で「それはどこの服?」とよく尋ねられました。きっと彼らの目にも、これが単なる和服や洋服でない、新しい存在として映ったのだろうと想像します。 過去の完璧な正解をなぞるよりも、リスクを冒しつつも新しいことに取り組むという心構えは、デザインやアート、ファッションと領域を超えても共通するものなのではと思います。私にとっての新たな装いは、そのように境界を越えていくための護符のようなものでもあります。

渡邉康太郎さんプロフィール画像
コンテクストデザイナー・東北芸術工科大学客員教授
渡邉康太郎さん

デザイン・イノベーション・ファーム「Takram」所属。ポッドキャスト「超相対性理論」パーソナリティ。大日本茶道学会正教授。展示や研修でも茶の湯を実践。

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