2025.05.07
最終更新日:2025.05.07

【働く男のバッグと持ち物の変遷】文/速水健朗 ワニ革とそろばん。鞄漂流記

文/速水健朗 ワニ革とそろばん。鞄漂流記

バッグ イラスト

 バッグの中身は、国家の予算と同じで、放っておくと際限なく膨れ上がってくる。一時期は、ズタ袋のように何でも入るビッグトートを持っていたが、肩こりがひどくなったのでやめた。

 必ず持ち運ばなくてはならない荷物とは何か。たくさんある。絶対に削れないのは、ノートPC、電源ケーブル、本3冊、蛍光ペンなどの筆記具、うるさいカフェやフードコートで仕事をするためのノイズキャンセルイヤーマフ。USBの変換ケーブルなどが詰まったポーチと、メガネやコンタクトレンズの替えを詰めたポーチ。

 一方、これは削減できるな、というものは、モバイルWi-Fi(カフェのWi-Fi環境が頼り)とペットボトルの水。ズボラなもので、バッグの奥からペットボトルの水が4本出てきたことがある。打ち合わせ先でもらったものを、そのまま突っ込んでいたのだ。これは我ながらひどいなと思ったが、ラランドのニシダの抜き打ちバッグの中身チェックのYouTube動画では、バッグに9本のペットボトルをしのばせていた。これに比べれば、ぜんぜんましである。

 令和のわれわれは、多くのモノを運んでいる。とはいえ、昭和のビジネスマンだった父親の鞄の中身に比べると、たいした量ではない。父は、B4サイズのコクヨのバインダーでたっぷり書類を持ち歩いていたし、紙の資料が詰まった封筒をいくつも入れていた。手帳も複数持っていた。電話番号用、仕事のメモ用、システム手帳も使っていた。

 当時の昭和のビジネスマンは、皆、ほぼ一様に皮革(または合皮)の手提げブリーフケースを持っていた。今どきのブリーフケースよりも、二回りも三回りも大きく、ずっしりとしたブリーフケースだ。今はお店でも、あのサイズのブリーフケースは見かけない。

 父親のもので印象深いのはクロコダイルのブリーフケースだ。そして、父親も数年に一度、バッグを買い替えていた。僕と同様、荷物を減らすために小さなバッグにしたり、やっぱりたくさん持ち運べる方が便利だと大きなものに替えたり、試行錯誤していた。親子は、こういうところで似てくるものだ。

 ただ、父親の鞄の中に入っていた持ち物と今の自分の持ち物は、ずいぶん違っている。手帳はスマホに置き換わっているし、紙の書類を持ち歩くこともない。代わりにノートPCが必需品。そういえば、父親は電卓も持ち歩いていた。増えすぎたバッグの中身を軽くするために、極小のソーラーで駆動するカード電卓を持ち歩いていたが、結局使いにくいからと、大きく武骨な電卓を持ち歩いていた。今思い出した。ある時期までは、鞄にそろばんを入れて持ち歩いていた。銀行員としてのプライドのようなものとして持ち歩いていたのかもしれない。そうか、そろばんが電卓になり、現代はノートPCに進化したのだ。

 令和のビジネスマンたちのバッグは、選択肢が増えた。僕にしても、どこに定着することもなく、あれこれ迷っている。

 一時は荷物を減らすため、または大人っぽい感じにしたくて、古着屋で手に入れたシンプルなオールドコーチのブリーフケースを使っていた。ただ1・4キロのノートPCを持ち運ぶには、やや強度に不安が残る。

 世間でビジネス用のリュックが許されるようになり、そこから5年ほど遅れてリュックを使うことにした。そして、今も基本的にバッグはリュックだ。

 ただ、どのタイプがいいか、いまだ定まっていない。アウトドア系のものは、全般的に雰囲気がカジュアルすぎる。ビジネス用のものは、革製になると途端にナードっぽい感じになりすぎるし、そもそも若者寄りすぎるか、年寄りすぎるデザインのものが多くて、ちょうどいいデザインが見つからない。また、機能重視のリュックはポケットが多すぎるし、シンプルを売りにするものは、ポケットが少なすぎる。

 結局、現在、所有しているリュックは3つ。1つはCOSの紺色のナップザック。2つ目は、黒のTIMBUK2のラップトップバックパック。3つ目は、niko and…の定番のユニセックスの黒のリュックだ。どれも一長一短。ナップザックは、重量が分散されないので肩に負担がかかる。TIMBUK2はポケットが少ない。デザインは気に入っているが、さすがに不便だ。niko and…のリュックは、A4ノートPCサイズが微妙にはみ出る。たまに入れ替えながら、どれを「愛用」にするか考えあぐねている。

 これを書いていて昭和のビジネスマンのワニ革のバッグが欲しくなってきた。メルカリで探してみよう。

速水健朗プロフィール画像
ライター・エディター
速水健朗

都市から消費社会、メディア、音楽など幅広い分野を題材に執筆活動を行う。本誌「40歳男子のための、時事 two Scene」連載は今号で80回目を迎える。

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