手仕事をする男は嗅覚がいい。自ら手を下すからには、ぼんやりした仕事ができないからだ。常にイメージが明確。だから時代が求めるものを作り出すことができる。これは、器の作家である上泉秀人さんの作品。シャープだけど、温かみがあって美しい。年に一度しか焼かないうえに、人気だからいつもすぐに売り切れてしまう。当然、感性も鋭い。マーケティングやトレンドに関係なく、永遠に着られる魅力的な服を知っているし、時代をよくわかっているから、服もカッコよく着られるのだ。

文/長谷川昭雄

これが上泉さんの作品。「鎬(しのぎ)」の器。上品で静か。ヴィンテージの器とも相性がいいのは、人懐っこい作り手の性格が投影されているからなのかも。

すべてのものづくりは、味わいが増すまで

文/大池明日香(TRINE GALLERY代表/編集者)

御茶ノ水にあるギャラリーを私が両親より引き継ぐ前から親交のあった上泉秀人さん。上泉さんは自らを「やきものや」と呼び、作家というより、一緒に食卓を囲む人懐っこいおじさん、だった。窯のある青梅市の成木を愛し、お祭りの祭典係を引き受けたり、古いものやマンガが好きで集めていたり。家に来る時は、いつも地元の野菜を担いできてくれる。誰に対しても平等で、魅力的な人ったらしだから話も尽きない。陶芸以外にもやりたいことが多くて、なかなか焼かない作家としても有名になってしまったのだけれど、それでも、上泉さんがつくるものは、お世辞抜きに、素晴らしい。例えば、上泉作品の代名詞でもある「鎬」模様のうつわは、表面に1本1本、お手製のヘラでお行儀のよい線が施される。それは美しいだけでなく、手にした時に滑りにくくて持ちやすいという用の美も備えている。小さなうつわの端々に、知恵と工夫、やさしさが息づき、奇をてらうことなく、さりげなく、使い勝手がいい。その手仕事は、師匠の桂木一八さんの元で磨かれた。

「瀬戸の訓練校でスカウトされたんだけど、できが悪くて。親方にとっては相当の誤算だったと思う(笑)。一旦辞めて、心を入れ替えますんで、って言って出戻りもしてるし。当時は本郷新やジャコメッティの彫刻の方が好きで、今みたいなうつわをつくろうと思ったのは、親方がいたからだね。古道具が好きになったのも親方の影響。古いものって壊れたら直して大事にかわいがられて、何らかのかたちで残っているものだからいいんだよ」

若かりし頃、12年ほどをともにした師匠からの影響は大きい。そんな上泉さんの古いもの好きは、服にも表れている。いい具合に色落ちしたスウェット、よれたパンツには当て布や刺繡を施して、一着一着、愛着のある服に育てている。

「服は、ほとんどカメラマンの弟のお下がり。僕のところをリサイクルショップみたいに思ってて、『着ないんだけどいる?』ってみんな持ってくる。サイズは少し大きいんだけど、あんまりパツパツのズボンが好きじゃないからさ、ダボダボにはけてちょうど良いの。どれも別に有名なブランドのものではないけど、クタクタになった服の方が肌に馴染んで着心地がいいから、ボロボロになるまで着て、穴が空いたらカミさんに繕ってもらってる。でも、カッコよく直ってくるともったいなくて作業着にできないの」

お下がり以外で唯一買うのが、知人がつくっているもんぺ。自分好みに仕立ててもらった、上泉モデルをはいている。

「これもゆったりしてるから、はきやすくて。小さくて浅いのが好きじゃないから、深くてたくさんものが入る大きなポケットをオーダーして付けてもらってる。手ぬぐいやハンカチを入れるのに便利なポケット付きのパーカーもよく着るかな。汚れをごまかすのに、ジャクソン・ポロックみたいに、自分でペイントしたりしてね。カッコ良さとは関係なく、ちょっとこの人なんか違うよねっていうのが、それぞれの個性やスタイルになるよね」

自分らしくリメイクして、着倒すほどに、持ち主に寄り添う一着へと育っていく。上泉さんのものづくりの根底にも、時の経過が生む尊さのようなものが流れている。古いものと並んでも引けを取らず、使うほどに深みを増し、長く愛されるうつわをつくりたいのだと思う。

「窯場に“製品は使う人の身になって作りましょう”と書かれた古いホーロー看板があって、それが僕の焼きもののポリシー。丈夫で長持ちで、割れないものを。あとは、淡々、コツコツ、黙々と。一応、そういうつもりでやっているんだけどね」

奥様が好きで始めたという服のリメイク。当て布の上からさまざまな色の糸で刺繡を施したパンツは、もったいなくて作業着にできなくなった。

成木のアトリエ近くで。知人が手がけるFujinoDollのもんぺは、グレーのデニム生地に通常より大きなポケットをオーダー。ユニークな生地を素材とする一点モノで、展示会などで購入可能。「そば舎 あお」でも扱いがある。

青梅にゲストが来るときまって案内する行きつけの蕎麦屋「そば舎 あお」。上泉さんの蕎麦猪口で、打ち立ての蕎麦が味わえる。

左下は、アーミーのアンダーシャツに顔写真をプリントしてもらったもの。右下は、「TanTan、KotsuKotsu、MokMok」と自らペイント。

それぞれのパンツに合わせて美しい刺繡や当て布が施されたお下がりと、FujinoDollのもんぺ。相当ボロボロになるまではくので、基本捨てることはなく、50本以上は所持。

チャンピオンのパーカは、プリントが絶妙な具合にかすれていい感じ。ボトムは、ポーランドの1人用テントの生地を使用したFujinoDollのもんぺ。靴は、古道具屋さんで買ったデッドストック。車には、愛猫のご飯ほか、大事なものが積んである。

自分の顔を背中に背負い、近所を歩く。プリントが剝げかかっているのが、この人らしい。

上泉秀人(やきものや)
福島県生まれで現在、73歳。1973年に愛知県瀬戸市の訓練校を卒業後、出戻りの期間も含めて12年間、信州を拠点とする桂木一八氏に師事した。’88年に独立し、自然に囲まれた青梅市成木で作陶を続けて、今年で38年となる。独立後には、アンティークと現代作家の作品を並列に紹介していた、今はなき西荻窪の「魯山」などからキャリアをスタート。日常に馴染む、美しい「鎬」や染付のうつわなどの素晴らしいつくり手だが、なかなか焼かないことでも有名。