もの心がついた頃から映画が好きだった。目的のひとつは、生まれる前の暮らしや流行を知ること。映像や本で触れる過去こそ新鮮で、同時代のファッション誌を眺めるよりも面白かった。さまざまな国の映画を見ながら、とりわけ’50~’70年代の装いを分析して、真似するようになったのは高校生の頃。実家の蔵をひっくり返したり、リサイクルショップや蚤の市をまわって、安い古着を漁ったものだ。たとえば、いまでも格好良いと思うのが萩原健一の着こなし。上着とマフラーの関係性が最高に洒落ている。都会的なスタイルに憧れながらも、実際には小津安二郎作品に出てくるような、少年や労働者といった男性の出立ちを手本にしていた。いかにそれらしい自分になれるか――つまりはコスプレのようなものだ。
1995年、大学生になった私は初めてファッションビルを訪れ、コム デ ギャルソンと出会った。その時のカラフルな衝撃は、いまもよく覚えている。トリコやローブ ド シャンブルといったラインが揃い、テキスタイルそのものが刺激的で、なによりも、「見たことがないもの」という時点で素晴らしかった。貧乏学生が最初の一枚に選んだのが、トリコの普通ではないTシャツ。着ると脇の下にギャザーが入る直線的なデザインは、アジアの民族服から引用されたものだろうか。人と違うこと、奇抜であることが私には重要であり、見慣れないバッタのようなライトグリーンを選んだのも、ただ「変な色」だと思ったから。そしてフラワープリントのジップアップ。ボタンよりイージーなジップを好むのは、労働者ルックに通じるからかもしれない。「少年のように」というブランドのメッセージが、波紋のようにじわじわと身体に広がっていく。浮ついた、実存の定まらない肉体に、ようやく温度が宿ったようだった。ここにすべてがある! その時から、私は「いつかどこかで見たような服」を探すことをやめた。
振り返れば、洋服は自分のアイデンティティを示す記号であり、同時に戦闘服でもあったのだろう。実際の私は弱く、孤独で、傷つきやすく、自由を渇望しながらも不自由な若者だった。やがて、この強い色や派手なプリントは似合わないと思うようになり、社会へ出て働くうちに鎧を纏うことも忘れ、それらを20年以上も封印してしまった。けれどここ数年、また活躍するようになり、いまではパジャマくらい気楽で近しい存在になっている。昔と比べて選び方は変わったものの、根底にある「好き」は変わらなかった。数回しか着なかったせいか状態も綺麗だ。忘れてはいなかったのだよ、となでなで。この服が似合う、と気負いなく思える自分がいるのだけれど、袖を通すたびに、少し切ない。格好悪くて痛々しいけれど、真っ直ぐだった自分を恋しいとも思うのだ。捨てられない存在――偏愛とは、きっとこういうことなのだろう。
写真・文/椹木知佳子(Kit店主)
京都にあるギャラリーで、雑貨店「Kit」のオーナー。置かれている商品はすべて椹木さんの唯一無二のセンスによってセレクトされたもので、ジャンルレス。展示の際には、作家の魅力を引き出すための努力を惜しまず、上手に丁寧に話し合い、考えているそう。